パール評論  2006年4 

2006/04/30

ライジングネパールの転進

谷川昌幸(C)

外部の一観察者から見ると,大変興味深いのがライジングネパール紙の転進。24日までは政党に対し高圧的,25日は日和見,26日にまた陽が昇ると180度転進(日本軍用語),7政党万歳!になっている。

国営新聞だからある程度は仕方ないとはいえ,同じ編集部だとすると,これは曲芸だ。こうしたメディア状況も考えないと,「民主主義の勝利」の実態を取り違えることになる。

1.ライジングネパール「社説/意見」の転進

●4月14日: 国王,新年メッセージで対話と選挙の訴え

▼4月16日 アナンダ・シュレスタ「われわれはどこに向かうのか?」
「平和的」デモの流血写真満載ニュースを見ると,ネパールは内戦中のように見える。しかも,デモ側ばかりで,治安要員の被害写真はない。

この不当報道のため米印の制裁を招いてしまった。そして,この一方的報道を支援しているのが,NGOである。大部分の人々は,人権活動家たちが,「平和的」デモによる役所襲撃,車破壊等々に何も言わないのを見て,驚いている。人民は,この状況下では,外出禁止令もやむを得ないと考えている。

1990年以降の市民社会の成長は不自然だった。市民社会のNGO(諸団体,諸組織)を支配しているのは,元役人,教授,書斎評論家,盆地エリート等々。厚顔,貪欲,そして党派心丸出し。この援助金横領の面々が,流血・破壊の「平和的」デモを煽っている。

NGOの実態は,WGO(World Global Organization)であり,エリートの出世,金儲けの手段と成り下がっている。この事態から救い出してくれるのは,本物の政治家(statesman)だけだ。

▼4月18日 「最悪の被害者たち」
7党デモで庶民は塗炭の苦しみ。病人は病院に行けず,労働者は働けず,農民は農作物を売れず,ミルクさえも路上に捨てざるを得ない。

7党は税不払い運動まで始めた。こんな無責任な運動をすると,アナーキーになる。民主主義と規律は不可分だ。人民の声に耳を傾け,7党は政府と和解すべきだ。

▼4月21日 S・ラマ「平和はいつくるのか?」
ネパールの普通の人々は,強制されて参加しているだけで,本当はこんなデモには賛成ではない。こうしたデモは,NGO,知識人,政党のドル稼ぎの「いかさま」にすぎない。人民は怒っている。いったい誰がデモを取り仕切っているのか,彼らは90年以降何をしてきたのか,と。

市民社会エリートたちがラトナ・パークで絶叫するのは,一夜にしてメディア・ヒーローになり,西側に取り立てられ,民主主義,専制,テロについておしゃべりするチャンスをつかむため。

しかし,テロリスト(マオイスト)については,恐ろしくて人形を燃やすことも非難演説をすることも出来ない。そんな臆病な市民社会リーダーたちが,ネパールをこんな状態にしてしまったのだ。

▼4月21日 「政治的和解」
国王は新年メッセージで政党に和解を呼びかけられた。もし7政党が真の人民代表なら,国王の呼びかけに応え,自らの責任を担うべきだ。

●4月22日: 国王,行政権を人民に戻すと宣言し,首相候補の推薦を求める

▼4月23日 「歴史的な好機」
国王は声明を発し,行政権を人民に戻された。憲法上,行政権は内閣にあり,新内閣は35条により組織される。7党は直ちに新政府を組織し,人民の負託に応えるべきだ。新内閣を組織できなければ,政党の責任は免れない。人民の要望に応えないと,アナーキーになってしまう。政党は,腐敗や権力濫用を排し,平和と民主主義を促進すべきだ。

▼4月24日 「世界の支持」
21日の国王声明は,英・米・国連,そして印・中など世界各国から歓迎された。各国は,政党がこの声明を受け入れ,政治的深慮と成熟性を示すことを期待している。

特にアナン国連事務総長が政党に慎重に行動することを求め,このチャンスを逃さないよう要請したことは画期的だ。7政党は,このまたとないチャンスを生かすべきだ。

●4月24日夜: 国王,議会復活を宣言

▼4月26日 「画期的な一歩」
議会復活の国王声明は,瀕死の民主主義を蘇生させる画期的な決定である。国王は,人民の運動を称え,7党のロードマップを高く評価した。政党=マオイスト12項目合意は,対話の環境を創り出すものであり,遵守されるべきである。人民の意思を受け,ネパールの民主主義を発展させる責任は,政党にある。

▼4月27日 「計画前進」
7党がギリジャ・コイララを首相候補に選んだ。新政府はマオイストとの12項目合意の実行に務めなければならない。

新体制には国民の強い支持がある。明日から開かれる議会には,制憲議会選挙を含むロードマップの実行が期待されている。

2.ライジングネパール型情報の読み方
26日社説「画期的な一歩」は,逆説的ながら,エポックメーキングである。論調が,24日までとはまるで違う。国営や体制べったりのメディアの悲喜劇だ。

しかし,これはライジングネパールだけのことだろうか? ベクトルを逆にすれば,マオイスト系メディアはむろんのこと,他のメディアについても言えるのではないか。

90年革命の成果の中で最大のものは,報道の自由だ。ネパールは,報道の自由ランキングで,かなり上位にある。ネパール・ジャーナリストの努力は称賛に値する。

そのことを認めた上で,ネパールを見る場合は,やはりライジングネパール型報道には注意しなければならない。

逆に言えば,誰が,どのような立場から書いているかが分かれば,ネパール・メディアの利用価値は高いということである。



2006/04/29

病欠コイララ首相,洞ヶ峠か?

谷川昌幸(C)

不死鳥のごとくよみがえった議会の初会議(4月28日)を,コイララ首相は病気欠席した。84(81?)歳というから,体調不良はありうるが,コイララ氏ほどの人が,こんなとき本当に病気になるのだろうか?

1.復活議会の構成
日本でネットを見る限りでは,復活議会の政党別構成がよく分からない。

 NC:111(?),71(?),69(?)
 NC-D:42(?)
 UML:69(?)

NC111は,Hindustan Times説。これは,NC-DをNCに入れているのだろう。変と言えば変だが,議会法の規定に従えば,NC-Dは政党要件を満たしていない。それなのに,なぜか早々と復活議会で政党と認められた。またNC,UMLは,懲罰として,NC2名,UML2名の議席剥奪を決めた。それなのに,28日議会には,202名も出席した。どうも計算が合わない。地元では自明のことなのだろう。教えて欲しい。

死後復活議会だから不思議,無理は当然とは言え,のっけからこれでは,正統性も怪しくなる。

2.アメリカ,全面支持表明
そんなことにはお構いなく,モリアーティ米大使は,新政府の全面的支持を表明した。停止していたビザ発給再開,援助増額,等々。

君主制については,ネパール人民が決めることとしつつも,「君主制には(国民)統合の有用な役割がありうる,とわれわれは考えている」と述べ,象徴君主制支持の立場を鮮明にした。

マオイストに対しては,武器をおき暴力を放棄してから,選挙に参加せよ,と要求している。

3.マオイストと有産階級
復活議会を左右から見ているのが,マオイストと有産階級。マオイストは民主化過程のどこまで参加してくるか?

有産階級は,マオイストの力を借りて王政の反動化を阻止し,政党オリガーキーに引き戻した。しかし,やりすぎると,自分たちの諸特権も危なくなる。どこで止めるか?

おそらく共和制までは行かないのではないか? そんなことをすると,王制もろとも,自分たちの既得権まで失ってしまう。

4.市場主義革命
これは大局的に見ると,市場主義革命だ。アメリカの圧力でインドが市場経済化し,その圧力で1989−90年民主化が行われ,その市場化のひずみがマオイスト運動を急成長させ,その反動として王制専制化を招いた。

この王制専制化は歴史を逆転させる反動であり,市場主義化した都市有産階級にとっても邪魔になり始めた。王制は非合理,予測不能の巣窟で,市場原理に著しく反する。

卑近な例では,何の前触れもなく王家の些細な慶弔でいきなり役所が休んでしまう。あるいは,王族は王室諸特権を利用して蓄財に余念がない。そんな予見不能なことをされては,まともな経済活動は出来ない。米印市場経済にとって,王室反動化は不都合なのだ。

ブルジョア化しつつあるネパール有産階級は,そこでマオイストの力を借りて国王反動化を阻止したが,しかし,マオイストも怖い。マオイストが権力を取ればむろんのこと,政権内で有力な地位を占めれば,格差是正を必ず強行してくる。高利貸し,大土地所有は禁止され,都市の不動産不労所得や私学ぼろ儲け商法は許されなくなるだろう。公務員もおいしい役得がなくなる。寺院打ち壊しだって,あるかもしれない。

市場主義革命の主体たる有産階級は,反市場主義的国王反動は阻止しても,自分たちの既得権の喪失には全力で抵抗するに違いない。

その抵抗のシンボルが,国王。邪悪な専制的権力さえ奪ってしまえば,国王にはまだまだ利用価値がある。

5.平和的な解決を
国王(前近代的特権階級)vs7政党(近代化途上有産階級)vsマオイスト(農民,労働者,少数民族,地方)。この力関係の中で,どう平和的に紛争を解決していくか?

おそらく,7政党が実際に権限を行使しはじめたら,たちまち各政党内の利害対立が表面化し,離合集散が始まるだろう。そのことも見越した上で,平和的な解決方法を探る必要がある。

歴史の流れが共和制・民主主義に向かっていることは,自明の事実だ。しかし,忘れてはならないのは,共和制も民主主義も,人々の幸福を実現するための手段(手続)にすぎないと言うこと。手続の正当性は,目的との適合性によって判断される。

では,いまのネパールで,人々の幸福を促進する可能性がもっと大きい,最も安全な統治方法は何か?

コイララ首相は,「静養」しつつ,諸勢力の動向を観察しているのであろう。本当に病気か,それとも政治的英知か,あるいは単なる洞ヶ峠か? もう少しすれば,分かるであろう。(むろん,病気であろうとなかろうと,首相不在は政治的意味を持つ。)

* "Koirala is NC parliamentary party leader," Hindsustan Times, Apr27.
* "Four MPs to lose their seats," Kathmandu Post, Apr26.
* "Parties busy with homework," Kathmandu Post, Apr26.
* "Constituent assembly excellent avenue: US," ekantipur, Apr28.
* "We'll be a separate party in parliament too: NC-D," ekantipur, Apr26.

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(Highlights)

U.S. ANTICIPATES WORKING WITH NEW GOVERNMENT

April 27, 2006

The U.S. Mission looks forward to working with a new Government of Nepal. We will strive to support Nepal as it launches a functioning and effective multiparty democracy.

The people of Nepal demonstrated their widespread support for democracy in recent weeks. We salute their determination and success in creating the conditions leading to the reinstatement of Parliament.

The Parliament faces numerous challenges in coming weeks and months. Among other options, it may initiate a Constituent Assembly. This could prove an excellent avenue for the Maoists to join the political mainstream and peacefully help address Nepal's problems. But to participate in any elections, the insurgents first must lay down their arms and renounce violence. The people of Nepal deserve nothing less.

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CONSULAR OPERATIONS RESUMING, AMERICAN CENTER REOPENS MAY 1

April 28, 2006

The U.S. Embassy’s Consular Section will provide certain services as of May 1 and will return to full operations by May 15. The American Center Library also will reopen on May 1. Both the Consular Section and Library are located in the Yak & Yeti Complex (west wing). They were closed April 19 because of unstable security conditions in Kathmandu.

Nepali visa applicants who have scheduled interviews at the U.S. Embassy in New Delhi before May 15 are encouraged to keep those appointments. The Embassy in New Delhi will continue serving Nepali visa applicants through that date.

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2006/04/26

日本政府,下院復活を評価

谷川昌幸(C)

日本政府の「外務報道官談話」(4月25日,下記参照)は,適切な政治判断である。国王が決断を先延ばしにしたため選択肢が狭くなり,結局,議会復活という超憲法的な最後の手段を行使せざるを得なかった。これ以外に選択肢がないのだから,日本政府がそれを支持するのは当然だ。

しかし,この決着は「民主主義の勝利」とはほど遠く,成功の見込みは,残念ながら,小さい。

1.旧議会復活の無理
旧議会の選挙時の議席は,NC113,UML68だったが,NCが分裂し,解散時にはNC(コイララ派),NC-D(デウバ派),UMLの三すくみ状態となっていた。4年も前の議会をどのように復活させるのか? 死者の再生くらい難しい。もうそれだけで,大げんかが始まりそうだ。

コイララ首相は,復活議会を勢力拡大のチャンスと捕らえ,延命・利用を図るだろう。そうなると,UMLと対立,今度はUMLがマオイストに接近する可能性がある。本来,UMLとマオイストは兄弟なのだ。

コイララ首相には国王以下の正統性しかなく,反政府活動が活発化すれば,対応は無理だろう。

2.象徴君主制の相対的安定性
ネパールの現状からして,選挙だけで強力な正統政権をつくり出すことは無理。その無理を押して統治しようとすると,結局,軍部依存となる。それは,王政よりはるかに危険である。

日本政府は,象徴君主制への軟着陸を支援し,共和制の冒険主義を回避させるよう努力すべきだろう。

3.開発援助の倍増
マオイストの体制内化は,ネパールの社会構造を変えないと無理。たとえ幹部の一本釣りに成功しても,ネオ・マオイストが出現し,紛争は継続する。

日本政府は,開発援助を倍増し,地方農民,都市住民に生活改善の希望を与えるよう努力すべきだ。ネパールに適した産業の育成や,よき統治のための民主化支援など,日本に出来ることはたくさんある。一挙に生活改善できなくても,希望が与えられれば,人心は安定する。

4.ノルウェーの平和外交
この点,ノルウェーは,偉い。小さな国なのに,平和外交大国だ。24日夜の国王声明後ただちに,そう,まさしく間髪を入れずに,凍結していた開発援助の再開を表明した。

ノルウェー大使は,議会復活提案を歓迎し,こう付け加えた−−

「これが肯定的に展開すれば,民主化支援を中心に,援助をさらに拡大したい。」開発担当大臣を来週派遣し,ネパール政府と協議に入る予定だ。

これこそ外交だ! ノルウェーの平和メッセージは,ネパールの人々にも,世界中の人々にも,ストレートに届く。当面は2,3千万円だから,援助額自体はたいしたことはない。しかし,その効果は,10倍,100倍にも相当するだろう。明快そのもの。

ノルウェー外交は,単なる平和願望観念論でもなければ,ゴリゴリの現実主義的権力平和論でもない。それは,現実的理想主義,あるいは理想的現実主義といってよい。

5.現実的理想主義を日本外交に
日本の対ネ外交にも,こうした現実的理想主義に立ち,適切な平和メッセージを適切な時期にきちんと発信する努力が求められていると思う。

* "Norway reverses its aid cut-off imposed after Feb. royal takeover," ekantipur, Apr25.

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(日本国・外務報道官談話)

ネパール王国における下院の復活について

平成18年4月25日

わが国は、ギャネンドラ国王が、2002年に解散された下院の復活と、28日の下院の招集を決定し、政党がこれを受け入れたことを評価する。 今回の進展は、民主主義と平和の回復を希求してきたネパール国民の勝利であり、民主主義の定着と恒久的な平和の実現に向けた今後の政治プロセスの進展に期待する。 わが国は、政党の決定を批判しているマオイストに対し、今般の国民的コンセンサスを尊重し、暴力を放棄し、対話を通じた政治プロセスに参加するよう求める。

(参考)

2005年2月1日(火曜日)、ギャネンドラ国王はデウバ内閣(当時)を解散し、自ら内閣を組織していた。

主要7政党は、2005年11月以降マオイスト(共産党毛沢東主義派)と一定範囲で連携、2006年4月に入ってからゼネスト、大規模な抗議デモを継続、死傷者も発生していた。

国王は、21日(金曜日)、テレビ演説を行い、行政権委譲と政党からの首相推薦を発表したが、22日(土曜日)、政党はこれを受け入れず、抗議行動の継続を発表。

国王は、24日(月曜日)、再びテレビ演説を行い、2002年5月に解散された下院の復活と、4月28日(金曜日)の下院招集を発表。これに対し、政党は、25日(火曜日)、国王声明を受け入れ、同日をもってゼネストを終了することなどを発表した。

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朝日の劇画的英雄史観

谷川昌幸(C)

国王=国軍と政党デモとの正面衝突が回避されたことは喜ばしい。いつものネパール式「いい加減」はまだ健在だ。

このネパール「いい加減」政治に比べ,幼稚なのが先進国マスコミ。右代表で4月26日付朝日記事を検討してみたい。

1.批判精神の欠如
まず目に付くのは,この背景説明記事。

「ディペンドラ皇太子が王宮内で銃を乱射し,当時の国王夫妻を含む王族9人を殺害し,自殺した。」

謀略説が「ささやかれた」と付け足してはいるが,これではまともな留保にはなっていない。こんな官製歴史でっち上げに,日本の良識を自認する大朝日が無批判に加担してはならない。

2.「市民」はどこに?

朝日は「強権政治に抗議する市民」などと思い入れたっぷりに書いているが,本当にそんな「市民」を見たのか? 

市民派朝日だから,ネパールに「市民社会」があり,「民主主義」のために立ち上がった,というワカリヤスイ構図にしたいのだろうが,ネパールにはまだそんな「市民」はいない。願望と事実は分けて書かないと,記事としてはまずいのではないか。

3.劇画的英雄史観

巨大見出しの「強権の国王,民意に屈す」は,あまりにも劇画的。

「ビレンドラ前国王は穏和で賢明だと国民から親しまれていた。90年,民主化運動に理解を示し,立憲君主制のもとでの議会制民主主義への道を開いた。この時,王室内で強硬に民主化に反対したのが現国王だったという。『将来必ず,国の治め方というものを見せてやる』。兄にそういったとされる。/ 即位翌年の02年から権力欲があらわになっていく。・・・・ 国民の不満を素早く読みとることが出来なかった。」

そのようなやりとりが事実あったかもしれないし,劇画ならこんなワカリヤスイ英雄史観でもよいだろう。しかし,これは大朝日の国際記事。もう少し分析らしいものがあってもよいのではないか。

歴史の中で個人が果たす役割はむろん大きい。小泉首相なしに郵政民営化が実現できたかどうか,それは議論の余地がある。しかし,「小泉だから出来た!」では,批判的歴史にはならない。

ネパールでも,国王のパーソナリティは,政治に大きく反映する。しかし,ビレンドラ=善玉,ギャネンドラ=悪玉では,彼らをしてそうさせた構造的要因がすっぽり抜け落ち,問題の核心に迫ることは出来ない。

相手の立場に立ってみる,つまり内在的理解は,分析のイロハである。ギャネンドラは,なぜこのような強権政治に傾いたか? ギャネンドラの「権力欲」ではまるで子供のケンカ,これでは老獪な既成政党のプロパガンダのお先棒担ぎになってしまう。

商業新聞だから劇画好みの読者のご機嫌取りをせざるを得ないとしても,そもそも新聞には,「事実」を構成し,「歴史」をつくっていくという重要な役目がある。それが新聞の存在理由だといってもよい。

いま一度,この社会的使命を思い起こし,内在的理解,批判的分析を心掛けて欲しいものである。

* 朝日新聞,2006年4月26日


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2006/04/25

コイララさん,釣られましたね

谷川昌幸(C)

国王の誘いに真っ先に応じたのは,コイララ氏。ギャネンドラ首相(兼国王)とコイララ首相(兼NC党首)の間に,どんな違いがあるのか?

シャハ家とコイララ家のいずれが,より民主的,より清潔か,皆でよ〜く考えてみよう。

これで引っ込む「人民」とは,いったい何なんだ。妖怪の尻尾もないではないか?

* ekantipur, Apr25


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釣られた党幹部,妖怪はどこへ

谷川昌幸(C)

私の予想通り,国王は墓場から死体(議会)を掘り出し,お抱えブラーマンの呪文で生き返らせた。ビシュヌ化身国王にこの程度の奇跡など朝飯前だ。

これで決着となれば,期待はずれで,大取材陣の皆様,お気の毒様。このまま帰国すると大目玉なので,ついでに西部方面の現地ルポを敢行していただければ,ムダ金の始末書を書かずに済むだろう。

1.バランス・オブ・パワー
ネパール政治は,原則バランス・オブ・パワーで,これさえ押さえておけば,予測が大きくはずれることはない。今回の議会復活は無茶苦茶とはいえ,権力政治的には最適の落としどころだ。以下の評論参照。議会再開秘蹟については,2/21記事参照。
 ・これで譲歩? (4/22)
 ・まだ余裕の国王政府? (4/21)
 ・インドのジレンマ (4/20)
 ・諸勢力と国王と民意と (4/18)
 ・米中印と,国王・7政党・マオイスト (4/17)
 ・米国,ビザ停止のねらい (4/13)
 ・米の警告 (4/11)
 ・グローバル化とフランスとネパール (4/11)
 ・王制崩壊カウントダウン? (4/9)
 ・中国カードより立憲君主の王道を (4/7)
 ・地方選「成功」を追認,アメリカ (4/27)
 ・国王の平和への引き技 (2/21)
 ・(上記以外の議会再開予言については,検索でお調べください)

2.釣られた党幹部
議会再開を民主主義の勝利と見るのは,早計。党幹部が釣られただけ。小難しくいえば,特権階級オリガーキーの勝利だ。

大口を開けてまず食いついたのは,NC幹部だろう。UMLは悩ましいところ。ピンク政党だから,赤くなったり白くなったり。妖怪の様子見だろう。

3.マオイストの妖怪
マオイストは,政治戦術に長けているから,制憲議会のチャンスをフル活用するだろうが,マオイスト内にも長期の人民戦争で原理主義の妖怪が育っているはずだから,幹部は釣られたくとも,UML以上に食い逃げは難しいだろう。

しばしの停戦はあっても,人民戦争継続の可能性大だ。

4.都市大衆の妖怪
これは夜明けと共に消散。少し育ち始めているが,軍事独裁を生み出すほどのパワーはない。党幹部の命令に従い,民主主義の旗を振って,オリガーキーの勝利を祝うだろう。

それにしても,たかだか10万程度のデモを見て「人民が立ち上がった!」などと興奮するのは,いかにも早計。ネパールのデモは,現段階では,政党動員か暴動のいずれかにしかならない。

国王個人とはいわないが,国王を担いでいる権力中枢には,まだまだ余裕がある。いざとなれば,ケ小平同志を見習い,中国謹製装甲車でモブどもを踏みつぶせば済むことだ。

5.後見大国の思惑
議会再開には,後見大国のうち,インドは基本的には賛成なのだが,対中関係や,インド国内の強力マオイスト,ピンク共産党についても考慮せざるを得ず,やや躊躇している。

アメリカは大賛成。そして,米支配下の国連も賛成。

中国は,再開議会がNC支配になるのは困るが,力関係から見ていずれ国王権力復活と見ているはずなので,たぶん賛成。

日本政府は,中国謹製装甲車によるデモ隊踏みつぶしには反対だが,今のところは? 本音はもちろん大賛成。でも,諸国の出方を見てからでないと,言えない。

日本政府には,天皇・皇后両陛下,皇太子夫妻を目先の利益(安保理入り支持票)のために政治的に利用し,ギャネンドラ国王(その黒幕)に間違ったメッセージを送った重大な過失がある。いまの混乱の責任の一端は,日本政府にある。面倒でも,もう少し積極的に関与すべきだろう。

6.妖怪マオイスト退治か?
この提案で決着すれば,マオイストはいずれ体制外にはじき出され,人民戦争再開となる。そして,国王=体制政党が「自由」と「民主主義」のために,アメリカの本格的支援を得て,マオイスト大弾圧に向かう可能性が大きい。

「民主主義の平和(democratic peace)」は大嘘だ。民主主義こそが戦争を生む。いや,戦争を正当化するために,民主主義が必要なのだ。十数万のデモを見て「民主主義万歳!」と浮かれている場合ではない。

長崎の100円電車の中で,パラパラ見ていたら,国際平和研究所のD・スミス氏がこう警告していた。

「政府,政党,リーダーが民主主義の旗を振り回していても,それ自体,特に意味があるわけではない。」(State of the World, p.8)

* "King should assume ceremonial role: US," ekanipur, Apr25.
* "SPA leaders welcome King's address: general strike lifted," ekantipur, Apr25.
* "King Gyanendra reinstates House of Representatives," Apr25.

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Proclamation to the Nation from His Majesty King Gyanendra Bir Bikram Shah Dev

(24 April 2006)

Beloved Countrymen, Convinced that the source of State Authority and Sovereignty of the Kingdom of Nepal is inherent in the people of Nepal and cognizant of the spirit of the ongoing people's movement as well as to resolve the on-going violent conflict and other problems facing the country according to the road map of the agitating Seven Party Alliance, we, through this Proclamation, reinstate the House of Representatives which was dissolved on 22 May 2002 on the advice of the then Prime Minister in accordance with the Constitution of the Kingdom of Nepal-1990. We call upon the Seven Party Alliance to bear the responsibility of taking the nation on the path to national unity and prosperity, while ensuring permanent peace and safeguarding multiparty democracy. We also summon the session of the reinstated House of Representatives at the Sansad Bhawan, Singha Durbar at 1 P.M. on Friday, 28 April 2006.

We are confident that this House will contribute to the overall welfare of Nepal and the Nepalese people.

We extend our heartfelt condolences to all those who have lost their lives in the people's movement and wish the injured speedy recovery. We are confident that the nation will forge ahead towards sustainable peace, progress, full-fledged democracy and national unity.

May Lord Pashupatinath bless us all!

Jaya Nepal!

(ekantipur, Apr25)

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Press Statement
Adam Ereli, Deputy Spokesman
Washington, DC
April 24, 2006


Continuing Political Crisis in Nepal


The United States salutes the people of Nepal's courage and resilience in their struggle for democracy. The King's speech in Kathmandu late today calls for reinstatement of parliament. We believe that he should now hand power over to the parties and assume a ceremonial role in his country's governance. Nepal's political parties must step up to their responsibilities and cooperate to turn the people's demands for democracy and good governance into reality. The Maoists must end their violent attacks and join a peaceful political process. Through these steps stability, peace and democracy can be restored in Nepal. The United States and the international community stand ready to help.

We regret the loss of life and injuries that occurred in the recent demonstrations and call upon Nepal's security forces to show the utmost restraint in responding, should any further demonstrations occur.

2006/408

Released on April 24, 2006

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(外務報道官談話)
ネパール王国における情勢の悪化について

平成18年4月24日

わが国は、ネパール王国において、国王演説の後も国民による抗議活動が継続し、事態が悪化していることに対し重大な懸念を表明する。 わが国は、平和的に民主主義の回復が実現されることを期待しており、すべての関係者に対して自制を求める。また、国民の期待が満たされるような解決策を見出すべく、関係者が最後まで話し合いを続けることを期待する。

(参考)
2005年2月1日(火曜日)、ギャネンドラ国王はデウバ内閣(当時)を解散し、自ら内閣を組織していた。

国王直接統治への反発を強める主要政党は、2005年11月以降マオイスト(共産党毛沢東主義派)と一定範囲で連携、4月6日(木曜日)以降ゼネスト、4月8日(土曜日)以降抗議行動を実施していた。

政府は、政党関係者の逮捕、カトマンズにおける集会禁止令および外出禁止令の発出により鎮圧を図ったが、20日(木曜日)にはカトマンズだけで10万人規模の抗議行動に発展し、治安部隊の発砲により市民に死傷者が発生した。

国王は、21日(金曜日)、行政権の委譲と政党からの首相推薦を内容とする声明を発表したが、22日(土曜日)、政党はこれを受け入れず、抗議行動を継続すると発表。

24日(月曜日)、カトマンズ市内には、外出禁止令を無視した市民が繰り出し、一部では治安部隊との衝突も見られる。

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2006/04/24

妖怪の影に怯え,妖怪を生む

谷川昌幸(C)

ネパール平和トランセンド(22-23日,名古屋市徳林寺)に参加している間に,ネパール情勢が一段と緊迫してきた。トランセンド・ワークショップはなかなか面白く,以前の疑問もいくらか解けたが,それについては別の機会に述べるとして,ここではネパール情勢の変化について考えてみたい。

1.アナクロ無知マオイストの先入観
マオイストは,明確な革命理論と戦略を持ち,統制もよくとれている。私は早くからこのことを指摘してきたが,つい1,2年前までは,ほとんどの人が信じようとせず,マオイストを不当に軽視してきた。いまの時代にマオイスト革命はアナクロだ,マオイストは無知で何を聞いてもスローガンのオウム返しにすぎない,こんな山賊反政府活動はいずれ収束する,と。

北側社会の「文明人」は,ことごとく失敗した社会主義を今さらやろうとするのは無知蒙昧アナクロだと,まるで聞き分けのない子供を分別ある大人が諭すような調子で,あるいは優越感丸出しの嘲笑的な口調で,論評したものだ。

2.マオイストの現実性と先進性
しかし,無知だったのは「文明人」の方だ。毛沢東思想が半封建・半植民地時代の中国において最も現実的な理論だったように,ネパール・マオイズムは半封建+半植民地+グローバル化の現ネパールの現実によく適合した革命理論である。

プラチャンダ議長は,現代ネパールにおいてマオイスト革命が可能な理由を詳細に説明している。たとえば,カトマンズから見てネパールの村はニューヨークよりもはるかに遠く,革命根拠地の建設は可能だという説明は,事実その通りであり,平党員にもすぐ納得できるほど簡単明瞭な説明である。

あるいは,マオイストは体制内化した特権的共産党(UML)を含め,どの党もやろうとはしなかった諸悪の排除に本気で取り組んだ。カースト差別撤廃,地主・高利貸しからの解放,隷属女性の解放など。国連人権理事会から表彰状をもらえそうなほどの大活躍だ。

3.近代政党としてのマオイスト
あえて断言するが,マオイスト以外のネパール諸政党は,前近代的特権階級の派閥連合ないし徒党にすぎない。このことについても,幾度も指摘してきた。

唯一,マオイストだけが,ネパールの近代政党である。マオイストは,一つの政治理念により結合し,客観的な党規則に従い,目的合理的に行動する本格的な近代政党である。

そして,本来の意味の人権を理解し,それを本気で実現しようとしているのも,マオイストだけだ。NCもUMLも「人権」の本質を全く理解していない。既成政党は,人権ではなく,特権階級の特権保障を目的とする徒党である。

4.マオイストの過大評価
しかし,である。マオイストの現実性,近代性,合理性は認めなければならないが,その過大評価は厳に戒めるべきである。マオイストもやはりネパールの政党であり,一方ではネパール運命論(非自律的権威主義)のしっぽを残しており,他方ではマオイスト革命完遂の21世紀における非現実性という致命的限界を持っている。

ところが,過小評価は,一気に,過大評価に転化する。最近の論調を見ると,マオイストが鉄の規律を持つ完璧な近代政党で,明日にでも革命を達成し共産党独裁をはじめるかのような議論が増えてきた。しかし,これは明らかに過大評価である。

5.妖怪の影におびえる
過小評価してきたマオイストを無視できなくなって目を向けたとたん,過小評価の反動で,マオイストが実物よりはるかに巨大な怪物に見えてしまうのだ。マオイストそのものよりも,自らの頭の中の幻影に怯えはじめたわけだ。

危ないのは,このような過小評価と過大評価の極端なブレである。実態をよく見極め,適切に対応すれば,少なくとも大部分の庶民にとっては,マオイストはおそらそれほどの脅威ではない。

6.革命前崩壊の可能性
第一に考えなければならないのは,マオイストも「ネパールの」政党だということ。具体的立証はいまのところ難しいが,常識的に考え,ネパール社会特有の人格的権威主義的メンタリティがマオイスト内にもあると考えるべきであり,そうであれば,イデオロギーによる結束よりも直接的人格的結びつきの方が表に出て,親分の仲間割れによる党分裂の可能性は,つねに存在する。たとえば,プラチャンダとバブラムのいがみ合いは,幾度となく報道されたし,解消しようもない。何らかのきっかけで,仲間割れの可能性は小さくはない。

あるいは,ネパール組織の常態であるように,親分が美辞麗句で追従者たちを動員し,そこそこ利益を確保したとたん,はいさようなら,と成果を持ち逃げする可能性も大いにある。王党派には,そのような面々がごろごろいる。

7.革命後崩壊の可能性
もう一つの可能性は,革命後の崩壊だ。近代的な人権,民主主義思想をもち,本気で実現しようとしているのは,マオイストだけだ。多文化主義といったごまかしで旧体制を維持しようとする悪巧みを粉砕し,ネパールを近代化し万人の人権を実現しうるのは,マオイストだけ。

西洋諸国も日本も,そうした暴力革命によって近代化し人権を獲得してきた。善し悪しは別にして,「人権」は,人権を否定されてきた多くの人々にとっては,犠牲者を出しても断固闘い取りたいと思わせるほど魅力的なものだったのだ。

文化・伝統は特権の巣窟であり,近代化に反対する。その現代版が多文化主義。これに対し,文化・伝統の中で差別されてきた人々は,普遍的「人権」を掲げ,これによって文化・伝統を破壊し,根底からの解放を強く願う。

先進文明諸国は,例外なく文化多様性を破壊し,社会を近代化し,人権を確立,享受してきた。同じことを,なぜネパール庶民がしてはいけないのか?

多文化主義は,21世紀の新新植民地主義のイデオロギーの側面を持つ。マオイストは,そんなものにごまかされず,断固,近代化を要求する。まずは「個人の解放!」

これは伝統文化にがんじがらめに縛られてきたネパール庶民を魅了せざるを得ない。だから,マオイスト革命は正当だし,革命前の内部崩壊や外国介入がなければ,成功する可能性は大だ。そして,農民も都市庶民も,伝統文化から解放され,本物の人権を獲得するのだから,何らおそれるに足りない。むしろ歓迎すべきことかもしれない。

しかし,マオイストには,旧体制の破壊としての革命は出来るが,新秩序の建設は出来ない。イギリスでもフランスでも日本でも,革命家は,新秩序の建設者にはならなかった。

逆に言えば,ケ小平の改革は,毛沢東による破壊(革命)なしには考えられない。マオイズムが半封建・半植民地中国を徹底的に破壊し,地ならししてくれたおかげで,ケ小平は安んじて改革に着手し,「成功」を手にすることが出来たのだ。

ネパールでも,くどいが善悪は別にして,マオイストによる伝統破壊は,農民,庶民にとっては,何らおそれることではない。差別の文化・伝統を破壊し,建設段階になると,マオイストは崩壊し,解放された個人からなる近代的ネパール社会で人々は今度は本当に自ら立ち上がり,繁栄への道を歩み始めるだろう。

8本物の妖怪,都市大衆
これに対し,本当に怖いのは,都市の大衆だ。これは本物の妖怪,危険極まりない。

ネパールは,アメリカ型グローバル化に組み込まれる1990年以前は,まだ農村社会だった。カトマンズのど真ん中,観光繁華街タメルのすぐそばでも,まだ牛を飼っていた。

そうした半農村的カトマンズ盆地が1990年民主化以降,急速に都市化し,人口大爆発,いまでは数百万人が住む大都市になった。伝統的ネワール社会はあるにせよ,流入新住民が激増,カトマンズ盆地はもはやネワール社会とはいえない。

もちろん,新住民も伝統的な濃密な人格的人間関係を持って流入してきており,「孤独な群衆」であるわけではない。しかし,伝統的共同体の中の人間と比べると,彼らは「根無し草」的存在により近く,大衆的要素をはるかにたくさん持っている。

しかも,欧米のように時間をかけて大衆社会に移行したのとは違い,中世的共同体が一気に現代大衆社会に飛躍したようなもの,たとえば江戸時代の農民がタイムスリップしていまの東京に出現したようなもので,変化についていけるわけがない。

近代市民社会の訓練抜きで,21世紀大衆社会に移行し,しかも大半は貧しく欲求不満は募る一方。ネパール都市部の欲求不満の半大衆社会的住民は,先進国の満ち足りた大衆よりも,はるかに危険な存在だ。

9.ファシズム――右と左の
いまネパールの諸勢力は,この危険な大衆を自らに有利なように利用しようと,さかんに駆け引きをしている。

NC,UMLの既成特権政党は,都市住民を煽って王制を打倒し,その後で,大衆を権威的に押さえつけて黙らせ,幹部寡頭制(オリガーキー)をつくるつもりだろう。その戦略は,1990年民主化運動では大成功した。

しかし,都市住民は,つい1,2年前までのこの現実を忘れたりしておらず,同じことを許すはずはない。柳の下に2匹目のドジョウはいない。既成政党が特権幹部オリガーキーを目指しても,これは失敗する。大衆動員したら,もはや引っ込みがつかなくなる可能性の方がはるかに大きい。事実,行政権返還の国王提案(21日)を,7政党連合は受け入れなかった。本音では受け入れたかったのだろうが,動員した大衆が怖くて受け入れられなかったのだ。

動員され,煽られた都市大衆の欲求不満を引き受けるのは,誰か?

一つは,マオイスト崩れ。革命成功後,マオイストが都市大衆の欲求不満をバネにファシスト化し,マオイスト原理主義となり,左翼全体主義の恐怖政治に陥る可能性。

もう一つは,軍部ファシズム。マオイストが革命で伝統文化を破壊,半近代的個人を生み出し,しかし新秩序建設は出来ずアナーキーになり始めたとき,救世主として登場するのが,軍部。大衆の不満をバネに軍部が統治権を掌握し,軍事独裁をはじめる。

10.ネパールの「いい加減」への期待
しかし,希望も込めて予測すると,そんな極端な左右のファシズムには,ならないと思う。

ネパールには「いい加減」の強固な伝統があり,左右原理主義のような純粋思想は力を持たず,左と右の間のいい加減のところで,最後には,結局,落ち着くのではないか? ギリギリまで譲らず,ハラハラするが,正面衝突にはならず,そこそこのところに軟着陸するというネパール民族の歴史的英知だ。

これだけ激しい闘争を長期に渡って続けながら,社会崩壊には至っておらず,外国人観光客不可侵の規律もちゃんと守られ,警察も軍も国王政府の命令にきちんと服している。国王個人は別にして,ネパール国家社会そのものの正統性は,失われていない。

いい加減であり,理論的にはスッキリしないが,この国家社会の正統性が維持されるなら,王制であろうが共和制であろうが,大差ないだろう。

私は,国家の権威と権力を2つに分け,抑制均衡させるのは,歴史の英知だと思っている。国王にシンボルとしての権威を,国民代表の首相に権力を分担させるのは,つまり立憲君主制は,軟着陸地点としては「いい加減」だと思う。

共和制にしたところで,某人民民主主義国のように世襲統治者であれば,専制君主制と何ら変わることはない。

この観点から見ると,いまのネパールの動向は,「いい加減」を許さない方向に向かいつつあるようで,心配だ。

反国王に焦り,マオイストの影に怯え,目先の利益のために大衆を動員すると,大衆が国王やマオイストよりもはるかに怖い本物の妖怪となり,ネパール全土を支配,ネパールは怪物支配の恐怖の国となってしまうだろう。

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2006/04/22

これで譲歩?

谷川昌幸(C)

CNN, kantipurなどによれば,国王は4月21日,行政権を「人民」に戻すと発表した。「人民」と言っても,マオイスト抜きの7党であり,7党に首相候補の推薦を求めたのだ。

国王にとっては,譲歩といえるほどの譲歩ではない。これまで何度もやってきたことだ。果たして7党は受けるか?

というよりもむしろ,この程度の譲歩でさえ,実際には7党には受ける自信も準備もないのではないか? 

行政権を返還されたら,7党はマオイストと直接対峙せざるを得ない。無理ではないか?

首相候補を選出できない,マオイストは怖い,だから行政権を陛下に返上します―といったみっともないことにならないよう,頑張って欲しい。

CNN & ekantipur, Apr22.

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2006/04/21

まだ余裕の国王政府?

谷川昌幸(C)

外からネット記事で見る限り,国王政府にはまだ余裕がありそうだ。そもそも,ネットも電話も全く規制されておらず,丸見え。ネット新聞は書き放題,ブログともなると,United We Blogなど「過激派」も健在だ。規制してもムダと学習したと言うより,やはり余裕の現れだろう。

これがカースト社会の強みか。少々もめても,特権層には暗黙の合意があり,社会構造を変える(革命)つもりはさらさら無い。支配構造が維持されれば,名目上の支配者は,王家だろうが,ラナ家,コイララ家だろうが,いやひょっとするとプラチャンダ家だってかまわないだろう。そんな強さが,ヒンズー社会にはある。

しかし,そうはいっても,以前とは違い,本気で社会構造を変えることを目指すマオイストがいまや大勢力に育っている。人民の情念を煽っていると,統治者の首のすげ替えだけでは済まなくなる。

早くから指摘してきたように,国王(その黒幕)はいざとなれば旧議会の再開で手を打つつもりだろうが,やるなら早くしないと,この手も使えなくなる。旧議会の再開は,これまた何度も指摘した来たように,超法規的な無茶な手法であり,コイララ派は大喜びでも,UMLなどはそうでもない。これ以上遅れると,国王に釣られた(人民を裏切った)として,NCは,UML=マオイストの本物の共産主義連合の攻撃を受け,あっという間に壊滅する。

制憲議会であれ何であれ,選挙は出来ないし,やれば,印米の嫌う政権が誕生する可能性大だ。アメリカも,選挙を押しつけた南米の反米化で学習しているに違いない。

国王政府はまだ余裕があるように思うが,いま必至に防衛しているのは,国土のほんの1点,カトマンズのリングロード内,徒歩で歩けるくらいの狭い範囲にすぎない。危険な状況には違いない。

意地悪い言い方をすれば,いま「さあどうぞ」と統治権を差し出せば,困るのは7政党。どうせ統治権の行使なんかできはしないのだから,もう一度渡してみて,さんざん失敗させ,1,2年後にまた取り戻せばよい。

そのとき,「泥棒ギャネンドラ!」と叫んでいた人民は,人民の苦難を救う「愛国王ギャネンドラ陛下,万歳!」と諸手をあげて歓迎するだろう。

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2006/04/20

これは軍部の頑迷か?

谷川昌幸(C)

CNNによれば,10日の反政府デモで3人の死者,100人以上の負傷者が出た。鎮圧に当たっているのは警察で,まだ軍は出ていないらしい

それにしても,国王はなぜこれほどまでに頑迷なのか? CNNは,「国王の背後の真の権力と考えられているのはJP・タパ総司令官」だと明言している。

たしかに,王族殺人事件や,その後の国王の行動を見ると,ギャネンドラ国王が自ら政策決定をしているようには見えない。やはり,シナリオを書いているのは,背後の頑迷な軍部と考えた方がよいだろう。

そうだとすると,7政党は,下手をすると軍と衝突することも考えておかなければならない。従来から軍とは仲の悪かった警察も,まだ政府への忠誠を示している。権力中枢は,国王政府がまだしっかり握っている。

この状況で,もし国王が弾よけとして使えなくなったら,軍が表に出てデモ鎮圧を始めるかもしれない。そして,もしこれにマオイストが「人民の海」から反撃をすると,これは取り返しのつかないことになる。

ネパールは,何事であれ,少々のことがあっても,結局は何とかなる不思議な国だ。今回もそうなることを願っている。

* CNN, "Nepal police kill 3 protesters", Apr20.

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インドのジレンマ

谷川昌幸(C)

UWB(United We Blog)が面白い観測をしている。CNNやBBCはネパール情勢を詳しく報道しているのに,インド・メディアは政府の圧力に屈し,報道を控えているというのだ。

インド・メディアがそれほど柔だとは思えないし,これは「もっと報道せよ」とのUBWの願望の表明にすぎないかもしれないが,一方,その可能性も大いにありうるような気もする。

かりにUWBの言うとおりだとすると,インド政府はネパール反政府運動の抑制に乗り出したことになる。

ありうることだ。インド政府がおそれているのは,ネパール反政府運動がマオイスト革命に転化し,それがインド国内のマオイスト運動を鼓舞することだろう。革命にまで至らなくとも,ネパールが無政府状態になれば,インドへの波及は避けられない。インドも,本音では国王が必要なのだ。

国王は,その辺も読んで,強硬姿勢を崩さないのではないか? しかし,そうだとしても,危ないカケには違いない。妥協は政治の王道だ。王道に戻られた方がよいと思う。

* United We Blog! for a Democratic Nepal, Apr19.

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2006/04/18

諸勢力と国王と民意と

谷川昌幸(C)

ネパール政治がエリート権力政治(パワーポリティックス)であることは周知の事実だが,一方,「民意」の動向も無視できない。権力エリートたちは利用するつもりで民衆を扇動するが,「民意」は情緒的なものであり,一旦動き出したら,どこに向かうか分からない。ネパールはいまそのような状況になりつつある。

1.国王の一本釣り?
国王は17日,KP・バタライ,SB・タパ両元首相と会見した。バタライは,制憲会議選挙には反対し,諸政党との和解を進言したらしい。SB・タパは,状況打開に楽観的と述べるだけで,会見内容は明らかにしなかった。

国王は,一本釣りでの突破をねらっているかもしれないが,その時期は失したようだ。いま釣られたら,「民意」の総反撃を受ける。これは他の幹部にとっても同じことで,選択の幅は,国王にとっても政党幹部にとっても日々狭くなってきている。

2.インド大使の勧告
インド大使は,国王との会見で,「王制を守るには権力を7政党に渡すことが必要」と勧告したらしい。正論だ。

インドは,トリブバン国王の時のように,ギャネンドラ国王インド亡命も視野に入れて,戦略を練っている。しかし,インドに頼ったら,王制は残っても,またインドにこき使われる。今の段階で,インドのありがたい「正論」を受け入れた方がよい。

それにしても,表現は微妙だ。カンチプルは「諸政党に」と書いているが,ネタ元らしいHindustan Timesは「7政党に」であって,マオイストは含まれていない。大違いだが,では,「正論」ははたしてどちらだったのだろうか?

3.アメリカの勧告
アメリカのメッセージは,簡明だ。大使館HPのトップに下記のネパール退去勧告(命令?)とアメリカンセンター無期限閉鎖通知を掲載している。

4.巨大な毛沢東像,チベット建立
中国もはっきりしている。16日付新華社ニュース(China View)は,反政府デモを否定的に伝えた。

それによると,デモ隊はスト破りの車6台とヒマラヤ銀行プルチョーク支店を破壊(vandalize)した。プ支店攻撃は学生中心で,支店1階をめちゃめちゃに壊したという。これでは,銀行も反政府行動に参加せざるを得ない。

そして,注目すべきは,中国がチベット(Gonggar)に初の毛沢東像を建立したこと。これは,神経質なインドのTimes of India(Apr17)が伝えている。毛沢東像は,高さ7.1m,重さ35トンで,中国最大とのこと。

これは,もちろん直接的にはネパール情勢と関係はないが,中国の意図とインド紙がそれを報道する意味は明白だ。

5.「民意」の向かうところ?
こうした国内と外国の諸勢力の思惑でネパール政治は動いている。そして,あるところまでは,民衆は動員し利用できるが,やりすぎると,制御できなくなり,動員する側もされる側も望まないような結果になる可能性が高い。

国王と7政党は,一種のチキンゲームに陥っている。国王には軍の切り札,7政党には「民意」の切り札。弱気になった方が負け。しかし,軍も「民意」もリスクが大きい。ここでは,国王は負けるが勝ち。政治権力を早く委譲し,愚かなチキンゲームから,降りた方が得策だ。

政治権力を委譲しても,国王にはまだ国王としての「権威」が残っているではないか。 「権力」よりも「権威」のほうが,はるかにありがたいものであり,これさえあれば,国王は,ネパール国とネパール人民の象徴として敬愛され続けるはずである。

* ekantipur, Apr17; Hindustan Times, Apr17; Cina View, Apr16.

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(Embassy Highlights)

VOLUNTARY DEPARTURE AUTHORIZED FOR U.S. MISSION PERSONNEL

At the recommendation of the U.S. Embassy in Kathmandu, the State Department on April 12 authorized departure from Nepal for non-emergency U.S. Mission personnel and families. This authorization means non-emergency employees, their family members, and families of employees who must remain at post can opt to depart Nepal in coming days. The Embassy recommended this step following a week of widespread demonstrations, violence, and growing instability throughout Nepal. The State Department has also updated its Travel Warning for Nepal, which can be found on this direct link, http://travel.state.gov/travel/cis_pa_tw/tw/tw_927.html.


The American Center Library and Consular Section are closed until further notice.American citizens requiring emergency assistance should call 441-1179 and ask for the Consular Duty Officer.

Alerts about demonstrations in the Kathmandu area may be found here.

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2006/04/17

米印中と,国王・7政党・マオイスト

谷川昌幸(C)

国王が4月16日夕方,米印中の大使と会談した。おそらく,事態の打開策について,打診したか,了解を取り付けたかのいずれかであろう。

1.反政府活動の急拡大
反政府活動は急拡大している。公務員,銀行,ネワール社会等が参加し始め,カトマンズでは生鮮食品や燃料などが不足し始めた。

いまは7政党=マオイスト共闘だから,NC,UML,Mが傘下組織に命令すれば,大量動員は簡単だ。

2.国王の提案は?
これに対し,国王(あるいは黒幕)は,どうしようとしているのか? いくつかのシナリオがあるが,先述のように,国王はおそらく旧議会再開,政党内閣再建,90年憲法体制への復帰を提案したのではないか? 多少の憲法改正はあるだろうが,立憲君主制は維持される。

これには,米印も中国も反対はすまい。米印は,7政党とマオイストが共存できるとは考えていないはずだし,中国も,共和制になれば,ネパールへの印米の影響力はさらに強くなるので,チベット問題もあり,これは容認できない。

結局,立憲君主制しかないということになる。

3.選挙のリスク
選挙は,いずれはするにせよ,当分は出来そうにない。いま選挙をすれば,勝つのは,マオイストとUMLで,NCは負ける。その場合,UMLとマオイストが共産党共闘を組めば,NCを排除できるし,王制廃止も可能となる。これはNCにとっても米印中にとっても,リスクが大きすぎる。

4.米→印→中
国王が会談した順序は,米→印→中だったという。はじめに米の了解を取り,印に譲歩させ,その上で長時間かけて(7時半までも)中国を説得する。もしここで話しがついておれば,そのうち発表されるだろう。

5.マオイスト外しは可能か?
そうなったとき,問題はマオイスト。彼らが体制内化するとは思えない。その場合,国王=政党連合で,今度はマオイスト狩りが始まるのではないか? マオイストは,米印中のいずれからも嫌われている。第2次人民戦争が始まると,今度は米国認可の「正義の戦争」だから,状況は今より悲惨なものとなるだろう。

マオイストも立憲君主制は認めていた。マオイストも参加する形での平和実現を可能にする妙案はないだろうか?

* ekantipur, Apr16.

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2006/04/16

王室と軍と非公然権力の闇

谷川昌幸

危機状況下で決定権を持つのが実質的な意味の主権者だ。これが誰かは,先進国でも必ずしも明確ではないが,建前としては,一応,権力は最大限公然化(可視化)されるべきものとされている。近代化とは,可視化であり,だからこそ近代は光明の時代,啓蒙の時代なのだ。

1.非公然権力の闇
ところが,ネパールでは,権力はまだ公然化されておらず,真の決定権は非公然権力が闇の中で行使している。王室や軍の誰か,あるいは彼らと密接な関係にある有力者たち,あるいは混乱が生じるとかならず出てくるRAW(インド),ISI(パキスタン),CIAなど。

こうした非公然権力が動いていることは,ネパールの知識人はいうに及ばず,庶民も,在ネ外国人も感じているにちがいないが,非公然で証拠はないし,第一,恐ろしいので,大ぴらには公言できない。ネパール政治が,非常に分かりにくいのは,権力がまだ公権力にならず,政治が公権力をめぐる公然たる闘争になっていないからだ。

2.王室の闇
非公然権力の最たるものは,いうまでもなく王室だ。国王は強大な権力をもち,それを行使しているが,どのようにして決定し,権力行使をしているのか,まるで分からない。

国王は,重要な事柄を「占い」で決めていると,しばしば噂されている。多分そうだろう。では,だれが「占い」の中身を決めているのか。誰が,王室の強大な権力と莫大な財産を管理しているのか。もちろん,神々だが,では,どの神々か?

3.王国軍の闇
王室の非公然権力は,国軍によって支えられている。軍隊は本質的に秘密主義で権力構造が分かりにくいが,特にネパールの場合,王室,ラナ将軍家,有力チェットリ諸家の姻戚関係が絡まっており,パズルのような複雑な有機体的構造になっている。文民統制による軍事の公然化など,夢のまた夢だ。

4.王室=軍の意志決定
もし王室と軍が,多元的,多層的,相補的な有機体的統一体をなしているなら,おそらく絶対君主のような分かりやすい近代的決定主体はどこにも存在しないのだろう。「私が決めた,文句あるか!」と堂々と言い切れるような独裁者はいない。王室を中心とする特権層の強大な権力と莫大な財産を守るために必要なことは実行されるが,誰がそれを決めたかははっきりしない。

ギャネンドラ国王の一連の行動を見ても,彼が近代的独裁者であるとは,到底思えない。非公然たる闇の意志が「占い」となり,たとえばポカラに滞在させるなど,彼を操っていうように見える。

あの戦慄すべき王族殺害事件も,結局は,そうした闇につながっていることを,ネパール庶民は誰でも感じているはずだ。あれほど恐ろしいことを冷静に実行し,じっと闇の中に潜んでいる。存在することは感じるが,それが何かはよく分からない。その恐ろしさ。

5.軍の自己目的化
闇勢力が国軍とつながっていることは,軍の際限のない増殖を見ると明らかだ。正確な数字は忘れたが,国軍はいま約8万人くらいではないか。王室費と共に,軍事費はこの数年,激増している。

国軍は,生命・身体の危険が伴うとはいえ,かなりの高給で,身分の安定した,あこがれの職場。軍人は,当然,その職(戦争)と職場(軍隊)を守ろうとする。15万人への増員計画は,軍幹部だけでなく,失業青年にとっても期待するところではないか。

こうして,軍隊はどこの国でも自己目的化する。ネパール国軍は,ますます多くの予算を要求し,特権階級が集中して住み,守るべきものがあるカトマンズ盆地の防衛に,兵力の半分以上を割いている。国軍兵士にとっても,首都圏は地方よりもはるかに安全で快適だ。

この国王=国軍共同体の自己増殖をくい止めるのは難事だ。人民戦争が終われば,国軍8万のおそらく半分とマオイスト軍の約2万,あわせて6万人前後が失業する。7政党は,雇ってくれるのか? 誰から何を守るために,数万もの大軍に賃金を出してくれるのか?

6.軍事独裁か革命か改良か?
庶民を犠牲にした軍事化が着々と進行しているのは,この数年の軍事費激増を見ても明白な事実だが,これがこのまま進むかというと,それは不可能だ。

軍事化が進めば,それに比例して,外国援助が削減される。すでに北欧諸国は削減を始めているし,日本もODA大綱があるからODAは削減せざるを得ない。NGOも当然,それに習うだろう。

王室,国軍は,自分の足を食べるタコさながらに,国家予算をむさぼり食ってきたが,援助削減でそれは出来なくなる。一方,国民生活も軍事優先のためますます苦しくなり,庶民の不満も拡大する。そうなったとき,この巨大な実力集団はどうするのか?

一つは,軍事独裁への道。先の展望はないが,当面,王室,特権諸階級の財産は守られるし,兵隊も失業しなくてすむ。

もう一つは,革命。財政破綻で国家が崩壊し,マオイスト革命となり,国軍兵は人民解放軍に再雇用される。これについても,当面は,没収した王室や特権階級の財産で賄えるとしても,先の展望はない。

やはり,軟着陸しかない。

7政党の幹部は,多くがカトマンズに住み,国軍にその既得権益を守られている特権階級だ。民主化して,自分の既得権益を「人民」や「民主主義」のために放棄する覚悟はあるのか? また,失業する数万人の兵隊の再就職先を見つける自信はあるのか?

そうした覚悟,自信がないのなら,7政党はあまり危険な冒険はしない方がよい。

7.荒野の暗闇への訴え?
憲法回復が政治的理性の声だとは思うが,この理性の訴えはおそらく荒野の暗闇にむなしく消え去ることになろう。歴史は,多くの場合,冷静な理性ではなく,激しい激情で動く。

その民衆の情念をつかむのは,7政党か,マオイストか? 私の見るところ,それはおそらくマオイストだろう。7政党指導者層の特権性,非民主性に比べるなら,マオイストの方がはるかに民主的だ。

しかもマオイストは,闇を照らすのに熱心で,これほど多弁なハイテク共産党も珍しい。自分たちの闘争をちゃんと理論的に説明し,戦略を立て,ネット,新聞雑誌で宣伝し,そして少なくとも今までは,その戦略通り着実に前進してきた。今は,革命戦略の最終段階,つまり,包囲した都市への最終攻撃の段階だ。

人民戦争の過程で多くの犠牲を出してはいるものの,勇敢なプラチャンダ,知恵袋バブラム両同志の指導に誤りはない。

あと一息,カトマンズを攻略すれば,王室の莫大な財産,特権階級の無数のおいしい既得権益が,自分たちのものになる。構造的暴力の総本山,ヒンズー教を解体し,すべての人民の平等を基礎とする世俗人民民主主義国が実現する。頑張ろう!

もちろん,こうした評価とは逆に,マオイストは無知でマルクスも毛沢東も知らず,教え込まれたスローガンを繰り返すだけだ,というようなルポも多い。その通りだとは思うが,では,そのどこが問題なのか?

民主国日本の一般大衆が,ロック,ルソー,ダールらの民主主義理論や,A・スミス,リカード,ケインズらの経済理論をどれだけ知っているのか。マオイストのスローガン以下ではないか。

マオイスト指導者たちは,貧困,差別の根本原因と,それらを除去するための大きな戦略を人々に示しており,その根本のところは,庶民にも十分理解できる。革命には,それで十分だ。

7政党のほうは,幹部連中の既得権を守るために庶民を煽動しているにすぎない。そんなことは,庶民は皆見抜いている。これに対し,マオイストの訴えは,本物だ。マオイストの方が結局は庶民の支持を勝ち取るに決まっている。

情念を動員した闘争であれば,おそらくマオイストが勝利し,革命となるだろうが,その結果が理論通り実現するかというと,これは歴史が示すとおり,まずそうはならない。革命は成功しても,革命後は,悲惨なことになる可能性大だ。

とすると,7政党は,負けるに決まっている闘争はやらない方が,幹部にとっても,平党員にとっても得策だ。合理的に計算して,得になるように行動してほしい。

といっても,これはおそらく王室の闇,7政党の荒野においては聞かれることはあるまい。「名誉」ある革命は,イギリスのような大人の国民にして初めて享受できる特権であろう。残念ながら。


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2006/04/14

国王新年メッセージ:全党対話と選挙の空疎な訴え

谷川昌幸(C)

ネパール2063年新年メッセージで,国王が改めて全党対話と選挙を訴えたが,現状から見て空念仏に等しく,要するに当面は何もしない(できない?)ということ。

自らはbulletに頼りつつ,「ballotのみが正統な判定である」といくら訴えてみても,有難味はない。

国王の本音は,形容詞の方にある。「持続的」平和,「有意味な」民主主義のために「全体の」英知を大切にしよう! もちろんその英知は国王にある。ネパール版国体論だ。

一方,米国務省は12日,在ネ政府関係者とその家族の出国を認めた。また,旅行警告を一団と強化し,訪ネ中止とネパール出国を勧告した。

この国王メッセージや米国の動きに,諸政党はどう反応するか? 

インド情報では,マオイストが地方の反政府デモに組織的に住民を動員しているという。都市部にもこの戦術が拡大されると一大事。そうなる前に,国王が本物の英知を発揮されることを期待したい。

* Nepalnews.com, Mar13
* S. Chandrasekharn, "Nepal: Moving towards Colour Revolution? Is it too late for Reconcilliation?," Apr11, 2006.

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(The full text of the King's message to the nation on the occasion of the New Year's Day 2063, ekantipur, Apr14)

Beloved Countrymen,
On the occasion of the advent of the New Year 2063, we extend best wishes for peace, good health and prosperity of all Nepalese, living in the country and abroad. We appreciate the understanding and patience of the Nepalese people, conscientiousness of the civil servants and the perseverance, courage and discipline displayed by the security personnel during the past year.

Democracy demands restraint and consensus as all forms of extremism are incompatible with democracy. While facing the challenges confronting the nation, democracy also emphasises acceptance of the preeminence of the collective wisdom in charting a future course. Aware of our traditions and sensitivities, as well as the self-respect and self-confidence of the Nepalese people who have always remained independent throughout history, dialogue must form the basis for the resolution of all problems. We, therefore, call upon all political parties to join in a dialogue, which we have always advocated, to bear the responsibility of and contribute towards activating the multiparty democratic polity. We believe that there is no alternative to multiparty democracy in the 21st century and the verdict of the ballot alone is legitimate. It is our wish that in order to reenergize multiparty democracy, there should not be any delay in reactivating all representative bodies through elections. We are in favour of sustainable peace and the people's right to vote. Democratic norms and values demand a commitment that the goals set forth by the Constitution of the Kingdom of Nepal-1990 can be achieved only through constitutional means. It is, therefore, our desire that with the active participation of all political parties committed to peace and democracy, a meaningful exercise in multiparty democracy be initiated through an exemplary democratic exercise like the general elections.

May the efforts at ensuring sustainable peace and meaningful democracy in the interest of the nation and people bear fruit during the New Year.

May Lord Pashupatinath bless us all!

Jaya Nepal!

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2006/04/13

米国,ビザ発行停止のねらい

谷川昌幸(C)

米国は12日,ビザ発行停止,AC図書館休館,下院議員団8名の訪ネ中止を発表した。本格的な制裁措置の発動だ。

▼ねらいは?
この制裁措置でネパールに何をさせようとしているのか?

(1)対国王 → 7政党と和解せよ。
(2)対7政党 → マオイストと手を切れ。
(3)対マオイスト → 人民戦争をやめ,体制内に入れ。

ベストは1+3,次善は1+2だろう。

1+3の場合 → 選挙実施,民主的政府樹立
1+2の場合 → 選挙不可能。旧議会の再開。
いずれもなしの場合 → 国王が選挙を宣言,自ら実施。(公約は来々春までに実施。)

これらのシナリオのうち,米国が容認し,かつ国王お得意の一本釣りがしやすいのは,1+2の旧議会再開。釣られたくてうずうずしている大物が何人もいる。国王は親政継続が無理な場合の選択肢として,これを狙っているのではないか?

▼中国の影
コブシを振り上げた米国としても,やはり気になるのは中国であろう。報道写真を見ると,デモ威嚇に威力を発揮しているのは中国製装甲車のようだ。たしか,「非攻撃用」装備として中国が供与したものではなかっただろうか? 

また,今日のChina View (Apr13)は,「ネパール首都平静に:内務省」という記事を選んで掲載し,国王にエールを送っている。

▼白色皇帝の赤色武器
「世界ヒンズー皇帝」が共産中国謹製装甲車で民主化デモを鎮圧する,という図式には,ポストモダン的味わいがあるとはいえ,近代原理主義の米国にとっては面白くはあるまい。

米国選挙原理主義からすれば,選挙はさせたいが,それが無理なら,旧議会の再開あたりで妥協するのではないか? そうしないと,本格的な赤色「攻撃用」武器を白色皇帝が手に入れ,本格内戦になるかもしれない。

米国には,PKO雇用停止など,まだまだ圧力をかける手段はある。また,運動は,はずみ,偶然などにも大きく左右される。状況は流動的であり,どこに落ち着くか,まだ分からない。

* ekantipur & China View, Apr13.

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2006/04/12

Rationale for Kingship

Masayuki Tanigawa

1. Nepalese King and Japanese Emperor

The Nepalese monarchical system is an exceptional theme being discussed by Japanese constitutional lawyers who had paid little attention to the Nepalese constitution and politics so far. Since the promulgation of the Japanese constitution in 1946, the Emperor has been one of the biggest constitutional puzzles among Japanese intellectuals. They have studied the Emperor by using comparative as well as historical and theoretical methods. The Emperor has been compared with the Kings (Queens) of Britain, Belgium, Norway and so on. The Nepalese King has been among them. Takeshi Ebara allotted one chapter to the Nepalese monarchy in his voluminous book, A Comparative Constitutional Study on Monarchy (1969). Many other studies on the Emperor also refer to the Nepalese King. For Japanese scholars, the monarchy is the most interesting part of the Nepalese constitution.


(Nepali Political Science and Politics, 1996)

---Full Text (click)

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2006/04/11

米の警告

谷川昌幸(C)

S. McCormack国務省報道官が10日,国王に対し,7政党と直ちに和解せよ,との厳しい調子の警告を発した。もちろん,7政党もマオイストと手を切れ,という暗黙のメッセージがそこには含まれている。

アメリカは怒っている。街頭政治は危ない。おそらくこの圧力,脅迫は利くのではないか。国王はどう妥協するか。

いくつかのシナリオがあるが,この状況では,旧議会の再開が手っ取り早い。コイララ派NCの希望通りで,全く無茶な話しだが,アナーキーよりはましか。

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April 10, 2006

Statement by Sean McCormack, Spokesman

Nepal: A Message for the King

As a friend of Nepal, we must state that King Gyanendra's decision fourteen months ago to impose direct palace rule in Nepal has failed in every regard. The demonstrations, deaths, arrests, and Maoist attacks in the past few days have shown there is more insecurity, not less. The King's continuing failure to bring the parties back into a process to restore democracy has compounded the problem.

The United States calls upon the King to restore democracy immediately and to begin a dialogue with Nepal's constitutional political parties. It is time the King recognizes that this is the best way to deal with the Maoist insurgency and to return peace and prosperity to Nepal.

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グローバル化とフランスとネパール

谷川昌幸(C)

まさかと思われるかもしれないが,ネパールは日本よりもはるかにグローバル化しており,諸外国の情勢に敏感に反応する。弱小国ネパールは,援助や出稼ぎを通して外国と密接につながっており,また,国家存立そのものでさえ,諸外国の動向に大きく左右される。ネパールはグローバル化せざるを得ないのだ。

政治変動もそうだ。90年革命のときは,東欧民主化の波に乗ってパンチャヤト体制を倒した。今回は,それほど大きくはないが,反体制派にとってはチャンス到来と思えるのが,フランス民衆運動の大勝利である。

1.フランス街頭政治の成功
このところの急速なグローバル化で,フランスの青年失業率はいまや22%。これを過剰な労働者保護のため(いったん雇用すると解雇困難なため)と見たドビルバン首相は,青年解雇の自由化(理由なしの解雇可)による雇用促進を狙い,新雇用制度を制定,実施しようとした。ところが,学生・労働者はこれを労働者の権利の否定と考え,猛反発,街頭に出て激しい波状デモを繰り返し,ついに4月10日,首相に新雇用制度を撤回させ,闘争に完勝した。

この輝かしい勝利は,日本の労働者・学生を覚醒させることはなくとも,世界情勢に敏感なネパール学生・知識人層には強くアピールするにちがいない。フランスで勝利した街頭政治に見習え,というわけだ。

2.近代国家フランス
しかし,保守の私としては,フランスとネパールでは近代化の成熟度がまるで違う,と警告せざるを得ない。革命の国フランスは,他方では,ナショナリズム,近代官僚制,近代的中央集権の国でもある。街頭政治で首相を失脚させても,フランス国家そのものはビクともしない。

3.近代国家以前のネパール
これに対し,ネパールには,フランスのような政治制度の近代的成熟はまるでない。そのネパールで,街頭政治に傾斜したら,制度(媒介)がないのだから,結局,力と力,暴力と暴力の直接対決となり,収拾がつかなくなる。街頭政治は危険であり,国を滅ぼす恐れがある。

4.政治的深慮と妥協
保守の立場からすると,国王や政党リーダーたちがこの街頭政治の危険性に気づき,政治的深慮(statesmanship, prudence)により,大胆な妥協を図ることがのぞましい。国王は立憲君主の王道に立ち戻り,政党幹部たちは街頭政治を控えるという妥協だ。そもそも街頭政治は,庶民の利益のためではなく,中上流階級の諸特権を守るための手段として利用されているにすぎないからだ。

5.貴族の品格としての衰退の美学
国王も有産階級も,既得権益を死守しようとして強欲になると,利用しているはずの街頭政治が制御できなくなり,痛いしっぺ返しを喰うことになる。街頭政治が本物の革命に転化し,せっかくの諸特権を根こそぎ奪い取られてしまうだろう。

100の特権の50や60くらい放棄してもよいではないか? グローバル化は民主化でもある。これには抵抗できない。悠然と,品位を失うことなく衰退していく――これこそ貴族の美学ではないか。

*朝日新聞,2006年4月11日

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2006/04/09

王制崩壊カウントダウン?

谷川昌幸(C)

1.混成部隊か?
首都圏の反政府デモは,外出禁止令の出ている今日(9日)も続発しているという。昨日は,幹線道路のいたるところに数千人のデモ隊が集まり,カトマンズ中心部への進入を待っていたという。この情報が正しいとすると,それらはいま,どうなっているのだろうか? また,彼らは7政党デモ隊なのか? それともマオイストとの混成部隊なのか? これも気になる。

2.王制崩壊カウントダウンか?
インド紙は,「ギャネンドラのカウントダウンが始まったかもしれない」などとショッキングな記事を書いているが,たしかにこうした政治運動は,ときの弾みで,どうなるか分からない。ましてやこれらの活動が,7政党+マオイスト混成部隊であれば,7政党の規制は利かず,一気に暴力化し,止めようがなくなる。

国王は,もし本当に政治権力を掌握しているのであれば,ポカラで遊んでいないで,いまこそ事態収拾のためのアクションを起こすべきだ。占い師のご託宣を待っていると,手遅れになる。

3.ベターな選択としての立憲君主制
これまでさんざん国王専制を非難してきたが,私はもともと保守的であり,ネパールは共和制よりも立憲君主制の方がよいと今でも思っている。国王が危険な「権力」など思い切って放棄し,国民統合の象徴としての「権威」に甘んじる決断をされれば,間違いなく国王は名君と称えられ,ネパール王家は末永く安泰だろう。この期に及んで,なぜそうされないのか,理解に苦しむ。

立憲君主制は,国王だけでなく,7政党にとってもベターな選択だ。7政党とマオイストはイデオロギーが違いすぎ,いつまでも共闘は出来ない。

おそらく7政党は,90年革命のときのように,左派と手を組んで国王政府を倒し,運動成功後,邪魔な左派を切り捨てればよいと考えているのであろうが,これは情勢の読み違い,今度は90年革命のときのようにうまくはいかない。

現在のマオイストは,89−90年の人民戦線左派とは比較にならないくらい強力だ。王制を打倒し,両派のガチンコ対決になれば,派閥連合にすぎない7政党はマオイストの敵ではない。1万数千の実戦経験豊富な人民解放軍に,あっという間に粉砕されてしまう。

4.軍の動向
もちろんこ,これはマオイストがプラチャンダ主戦派とバブラム妥協派に分裂せず,軍が中立と仮定した場合である。換言すれば,王制崩壊となった場合,軍の動向が決定的に重要となる。

 ・軍=中立:マオイストの勝利。人民民主主義国成立。
 ・軍+政党政府:マオイストとの内戦。
 ・軍+マオイスト:軍事独裁,恐怖政治

いずれのシナリオを見ても,ネパール情勢は今より悪化し,結局,外国の軍事介入を招くことになる。

5.立憲君主への英断を
もっとも犠牲の少ない問題解決は,やはり,立憲君主制の回復である。国王がもし誰かの操り人形ではなく意志決定の自由をお持ちなら,いまこそ英断のときである。そして,7政党は,マオイストを利用して王制打倒を図るといった冒険はすべきではない。それは,あまりにも危険すぎる。

* The Times of India, Apr.9.

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2006/04/08

国王不在の謎?

谷川昌幸(C)

誰もいわないが,奇妙なのは,首都炎上寸前というのに,国王が地上の楽園ポカラに滞在されていること。いわば,東京や日本中が大混乱なのに,小泉首相が上高地に滞在し室内楽を楽しんでいるようなものだ。これは妙だ。

1.寺院参詣
最も権威ある新聞Rising Nepalによると,国王夫妻は4月6日,ポカラのスリラム寺で,スリラム神,シバ神,ガネシュ神に礼拝,チカとプラサド(祝福)を受けられた。

2.世界ヒンズー協会記念祝典出席
よく7日には,ビルガンジ開催の「世界ヒンズー協会25周年記念祝典」に,「ヒンズー皇帝Hindu Emperor」として出席,祝辞を述べられた。

祝典には,オムカル一族(Omkar Family)としてヒンズー教,ジャイナ教,仏教,シーク教がすべて参加した。また,会場では,国際平和集会,平和行進なども行われ,街中に国王夫妻歓迎のアーチやデコレーションが飾られた。

3.国王祝辞(要旨)
ネパールはヒンズー教の源泉であり,仏陀の生誕地でもある。仏教はインド,中国,日本に広まり,仏陀は平和の使徒となった。ジャナキもネパール生誕。またネパールはシーク教,ジャイナ教にとっても聖地である。宗派対立のないネパールは,宗教的寛容と平和共存の理想国,平和こそがヒンズー教の特筆すべき特性である。

平和のために,これまで多くの聖賢が身を捧げてきた。真の永遠の平和がいま求められている。この高邁な目的のために,皆で努力しようではないか。

4.なぜカトマンズ不在なのか?
国王は,軍の最高指揮官であり,いまや首相として行政権をも行使している。その名実ともに国権の最高責任者たる国王が,権力の中心地カトマンズにいない。なぜか?

真意は国王にしか分からないから,推測するしか仕方ないが,最も可能性が高いのは,国王は操り人形であり,実権はないという説。事態を掌握し動かしているのは,別の勢力。これは,最もありそうな話しだ。

そうなると,毎日のように政府の高官や軍幹部が,無駄金を使い,ヘリコプターや飛行機でポカラ詣でしているのは,単なるセレモニーということになる。

そんなことはない,実権を握っているのは国王だということになれば,ポカラ滞在の目的は何か?
 ・カトマンズにいると,暗殺されかねないから。
 ・革命となったとき,逃亡しやすいから。
 ・首都暴動となり,大量虐殺となったとき,「ポカラにいたから知らん」と責任逃れするため。
 ・ポカラ遷都し,カトマンズの7政党共和国と対抗するため。
 ・ポカラ静養のため。
 ・・・・?

日本から見ていると,2001年の王族殺害事件の時と同じく,事態の肝心要のところが分からない。あのときも,ギャネンドラ現国王はカトマンズ不在だった。

新聞には出ていないが,きっとネパールでは,国王不在の裏事情が口コミで広がっているに違いない。聞いても,口外できないような話しではあろうが。

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(ADDRESS FROM HIS MAJESTY KING GYANENDRA )


Ladies and gentlemen,

It is indeed a pleasure for us to be amongst this august gathering of revered sages, religious leaders, excellencies, scholars and participants who are here to take part in this ceremony being held on the occasion of the silver jubilee anniversary of the World Hindu Federation.

The Kingdom of Nepal, the fountainhead of Hinduism, has, since time immemorial, provided ascetics and mystics with the spiritual ground for meditation. Siddhartha Gautam, the founder of Buddhism, is a son of this land. Buddhism later spread far and wide, including India, China and Japan, and Lord Buddha came to be revered as the proponent of peace, a fact we should take pride in. Janaki is also a daughter of this soil. Having never faced any kind of discord in the name of religion, Nepal can be taken as a paradigm of perfect harmony between religious tolerance and peaceful co-existence. While holding all religions in high esteem, we firmly believe in the good virtue of creating a peaceful environment. This is also an outstanding attribute of Hinduism.

Nepal is not only home to Vedic sages and Buddhist philosophers. According to scriptures, Guru Nanak, the founder of Sikhism, meditated on the banks of the holy Bishnumati River and Emperor Bharat, son of Rishabhdev, considered the first Tirthankar of the Jain sect, meditated on the banks of the Kali Gandaki River in Nepal. So it can be surmised that the strong religious pillars of all four sects, namely Vedic, Jain, Buddhist and Sikh, were bonded in Nepal, thereby paving the way for the spontaneous development of the Omkar Parivar.

The holy land of Nepal, which has the distinction of having sacred places like the Pashupat, Baraha, Ruru and Mukti Regions and is also referred to in the Puranas, is a common site of pilgrimage for all. The people of Nepal and India enjoy similar culture and tradition, with the age-old affinity and affection fostered by shared religious beliefs complementing one another. Common perspectives have been developed in a number of issues. The deep sentimental relations between the Hindus of the world has augmented and inspired the advancement of fraternity amongst Hindus all over in the 21st century.

Hinduism, which dates back to the beginning of civilisation itself, embraces the high ideals of tolerance and ?Vasudaiva kutumbakam? or universal fraternity. In these ideals lies the strength in the relations amongst various faiths in this Hindu Kingdom.

Based on humanistic ideals, the Hindu culture, which espouses the precept ?Sarve bhawantu sukhina sarve santu niramaya? or ?Let every human being be happy and free of disease; let every individual?s well-being be ensured?, is dedicated to the good and peace of all. These ideals must be incorporated into our way of life, as inscribed in the great religious epic The Bhagawat Gita.

There are many instances where, for peace, many sages have sacrificed their lives. To establish permanent peace in the true sense is the need of the day. Let us all pledge to dedicate some of our time towards this noble cause. The holy Vedas also lay special emphasis on peace and humanism.

The Hindu religion touches every aspect of our lives. To this day, it continues to occupy the pride of place it had acquired during ancient times. We are confident that, like in the past thousands of years, its future is eternally secure because its ideals and philosophy have not been distorted. We believe that religion leads an individual on the path of righteousness. Hinduism endorses reincarnation and purity of the soul. Our religion teaches us that no matter how difficult a task may be, we must pursue to execute it with a sense of dedication and dutifulness since our good deeds in this world ensures our well-being in the next. At the same time, it also inspires us to view life in a positive manner.

It is a matter of satisfaction that the Third World Hindu Convention and, under the auspices of the Convention, the Shanti Sammelan (Peace Conference) and Santa Sammelan (Sages? Conference) are being held on the auspicious occasion of the silver jubilee anniversary of the World Hindu Federation. We are confident that the recommendations adopted by these conferences will provide important guidelines for the benefit of the Hindu world as well as humankind as a whole.

Finally, while conveying best wishes for the success of the silver jubilee anniversary, we wish to thank the organisers and participants on behalf of the Queen and ourselves.

May Lord Pashupatinath bless us all!

Jaya Nepal!

(Rising Nepal, Apr8)

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* ADDRESS FROM HIS MAJESTY KING GYANENDRA BIR BIKRAM SHAH DEV AT PIPARA MUTH, BIRGUNJ ON THE OCCASION OF THE SILVER JUBILEE ANNIVERSARY CELEBRATIONS OF THE WORLD HINDU FEDERATION (April 7, 2006), nepalnews.com, Apr8.
* Rising Nepal, Apr6,7;


2006/04/07

日本政府,大量逮捕抗議声明

谷川昌幸(C)

日本政府が,4月6日,反政府派大量逮捕に対する抗議声明を出した。

内容は穏健なもの。市民的自由抑圧を遺憾(regret)としつつも,反政府派には「平和的」たることを要求している。国王と7政党との和解を求めるという内容。

カンチプル(4/7)によると,EU,インド,国連も大量逮捕を批判したという。

アメリカはもちろん怒っている。大使館HP最上段に「逮捕はケシカラン(condemn),活動家たちを釈放せよ」と大書している。

日本大使館HPにはまだ載っていないが,米国に続いて,掲載されるだろう。condemnとregretの比較は,常々英語帝国主義をcondemnしている私には分からないが,たぶんregretの方がかなり控えめなのだろう。

それはそうとしても,日本政府の対ネ姿勢は大きく変化した。Show the flagと圧力をかけられているのだろう。カンチプルは皮肉たっぷりに(たぶん),日の丸を記事にあしらっている。

日本政府の遺憾表明の内容そのものは,正論だ。私も国王政府の行為を遺憾に思う。しかし,どうも素直に受け取れない。まさか,Boots on the groundの露払いではないでしょうね。

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外務報道官談話

ネパール王国における政党関係者等の逮捕について

平成18年4月6日

1.わが国は、ネパール王国において、今般、複数の政党関係者および市民活動家が拘束されたことに対し遺憾の意を表明する。

2.ネパール政府による今般の措置は、国民の自由な政治的表現を抑圧するものであり、わが国としては、新たな拘束の回避および拘束された人々の早期釈放を求める。また、政治的主張は平和的に行われる必要があり、今回の政治的抗議集会も平穏に実施されることを期待する。

3.わが国は、ネパールにおける平和と安定の回復のためには、ネパール王国政府および政党が相互に歩み寄ることが重要であり、両者間の信頼醸成と対話の再開を改めて呼びかける。また、そのためにも憲法で保障された自由の早急な回復を強く望む。

(参考)

1.2005年2月1日(火曜日)、ギャネンドラ国王はデウバ内閣(当時)を解散し、現在に至るまで自ら内閣を組織している。

2.2006年2月8日(水曜日)、国王は民主化に向けた自らのロードマップに従い地方選挙を実施したが、主要政党は参加せず投票率は20%程度であった。 主要政党は、2005年11月以降マオイスト(共産党毛沢東主義派)との一定の連携により国王に対抗しており、4月6日(木曜日)から9日(日曜日)に全国規模のゼネスト、4月8日(土曜日)にカトマンズでの抗議集会を計画している。

3.政府は、5日(水曜日)よりカトマンズ市およびラリトプール市のリングロード内に集会禁止令を発出している他、同日より午後11時から午前3時までの間、同地域内に夜間外出禁止令を発出している。更に4日(火曜日)から5日(水曜日)にかけて、複数の政党関係者および市民活動家を拘束した(すでに釈放された者もいる模様)。

5.本6日(木曜日)のカトマンズ市内の状況は、車両通行および店舗営業は通常の10%程度、治安部隊が相当数配置されているが、大きな混乱はない。

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(The Ministry of foreign Affairs of Japan)

Statement by the Press Secretary/Director-General for Press and Public Relations on the Arrest of Persons concerned with Political Parties and Others in the Kingdom of Nepal

April 6, 2006

1. Japan expresses its regret that members of political parties and civil society activists have been arrested in the Kingdom of Nepal.

2. As these measures by the Government of Nepal suppress the free political expression of the people, Japan requests that no more arrests be made and those arrested be released as promptly as possible. Japan believes that political claims should be made peacefully and it is her hope that the forthcoming political protest rallies will be conducted in peace.

3. For the restoration of peace and stability in Nepal, it is important for both the Government and the political parties to reach out to one another. Japan therefore calls anew on both sides to build mutual confidence and resume dialogue. Japan also strongly urges that the freedom guaranteed by the constitution will be restored promptly to that end.

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Embassy Highlights


U.S. EMBASSY CONDEMNS ARRESTS, CALLS FOR RELEASE OF ACTIVISTS

The United States condemns the Government of Nepal's detention of opposition political party and civil society activists in advance of political demonstrations scheduled for April 6-9. The arrests and harassment of pro-democracy activists violate their fundamental civil rights.

The United States calls on the Government of Nepal to release these and other detained activists who have been held for voicing their opposition to autocratic rule in Nepal. Dialogue between Nepal's legitimate political forces -- the King and opposition political parties -- is the only effective way to return Nepal to democracy and address its Maoist insurgency. Such a dialogue, however, is not possible in a climate in which the freedoms of speech and assembly are suppressed.

We also urge the political parties and civil society to take steps to ensure their planned demonstrations in the coming days remain peaceful.

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中国カードより立憲君主の王道を

谷川昌幸(C)

7政党=マオイスト連合のバンダが,4月6日から始まった。90年革命直前のような構図になってきたが,はたして革命は再来するか?

明確な予測は難しいが,国王がムチャさえしなければ,現体制を持ちこたえ,来年春の総選挙に持ち込める可能性大だ。なぜか?

1.民主革命失敗の学習効果
最大の要因は,庶民,関係諸外国の学習効果。90年革命のときは,東欧民主化の熱狂に煽られ,一気に革命となったが,その後の政党政府のていたらくを見て幻滅し,いくら政党が旗を振っても,庶民も欧米もしらけたままで,本気で立ち上がろうとはしない。

2.ネパールの地政学的構造変化
もう一つの要因は,国際情勢が激変し,ネパールの地政学的位置が大きく変化したこと。90年革命のときは,国王には支援をあてに出来る有力国は存在しなかった。

いまは違う。ネパールは,米印(日)と中国の2大プレート衝突の最前線となり,中国が国王を支えるという巧妙なシグナルを出しつづけるかぎり,米印はそう簡単に国王を切り捨てられない。

3.China Viewのネパール記事
China View(Apr6)を見ると,目に付くネパール記事は,ラサ発新華社ニュース(なぜか2日付)だけだ。

「中ネ共同国境調査へ」: 第3回中ネ国境調査が4月中旬から行われると,チベット自治区政府副議長が,4月1日語った。両国は,GPSを使用し,国境クイを打ち込んでいく計画だ。

もう少し遡ってみると,3月31日付でこんな記事が出ている。

「ネパール,中国教育展開催」: 中国教育展がカトマンズで4月16−17日開催される。主催は,中国学術協会,中国大使館,アラニコ協会(ネ中友好NGO)。参加は,中国のトップクラスの25大学。目的は,中国留学を目指すネパール人学生に中国の大学を紹介すること。中国留学中のネパール人学生は現在,3000人以上。

4.ニュースの政治的メッセージ
ネパールのこの状況の下で,このような内容のニュースを「選んで」掲載することの政治的意図は明白だ。

国境をめぐる難しい問題を国王政府と中国政府が協力して平和的に解決しつつあるというメッセージを,「チベット発」で表明する。その意図ははっきりしている。

また,教育展は,中国がネパールから優秀な学生,研究者,技術者,医者等を積極的に受け入れる姿勢を明確にアピールするものだ。目的の一つは,実利。急成長中の中国には,安価な知識労働者が必要。もう一つは,エリート層を受け入れることによる政治的関係の強化。実態を詳しくは知らないが,ネパールの有産階級家族は,たいてい1人くらいは身内を中国へ送り込んでいるのではないか。この巧妙な外交戦略に,日本はとても太刀打ちできない。

5.チャイナ・カードより立憲君主の王道へ
国王は,そしてもちろん印米も,こうした中国のメッセージは十二分に理解している。中国は国王と心中するつもりはさらさら無いが,国王がそうムチャさえしなければ,かなりのところまで支えるつもりなのだろう。

しかし,チャイナ・カードが国王にとって危険なゲームであることも確かだ。90年革命は,王制にとってカスリ傷程度で済んだ。もし国王が,たとえまた「革命」となってもたいしたことはあるまい,と考えているとしたら,これは致命的な思い違いである。7政党の反政府活動が引き金になって本当に庶民が動き始めたら,今度は本物の革命になる。7政党もろとも国王まで粉砕されてしまうだろう。

そんな革命で何もかも失う前に,立憲君主制に戻る方が,国王自身にとって,そして国民にとっても,はるかに賢明な選択だと思う。

* China View, Apr6, Mar31.

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2006/04/05

ヤコブセン「ネパール平和構築・紛争転換: 包括的戦略のために」

谷川昌幸(C)

ヤコブセン氏の「ネパール平和構築・紛争転換:包括的戦略のために」(2003年1月7日)を読んだ。この3日間トランセンド漬けで,いまにもトランスしそうだが,屋上屋にさらに屋根をかけ,トランセンドの世界に超越してみたい。

1.トランセンド・ミッション報告

Kai Frithjof Brand-Jacobsen, Peacebuilding and Conflict Transformation Nepal: Towards a Comprehensive Strategic Framework, Jan. 7, 2003

このレポートは,「ネパール平和構築・紛争転換トランセンド・ミッション」(2002年11月3−12日)の,40頁以上に及ぶ詳細な報告書である。

ネパール・トランセンドは,このミッション以前にすでに何回か実施されている。
・トランセンド訓練プログラム,3回,2001−2002年
・「平和構築・紛争転換とグローバル開発」Peace Action, Training and Research Institute of Romania (PATRIR), 5日間,ルーマニア,2002年6月。このプログラムの中に,「ネパール平和構築・紛争転換」があり,ここで今回のネパール・ミッションも提案された。

著者のカイ・ヤコブセン氏は,PATRIR(ルーマニア)の設立者で,トランセンドの共同代表(Co-Director)。

2.トランセンド・ミッションの9日間訓練プログラム
(1)参加者
地方開発・人権・女性問題活動家,NGO,実業界代表,知識人,治安部隊,NHRC,カナダとノルウェーの大使館,国際開発ワーカー,国連ネパール代表部,ネパールGTZ(ドイツ技術協力公社)

(2)ネパール・トランセンドの基本方針
・紛争の根本原因の転換
・主要集団・社会の参加
・直接的,構造的,文化的暴力のない平和
・参加型・包摂型・能力強化型平和
・戦略的ビジョンと明確な関与

(3)訓練プログラム

 (参加者)        (人数)(期間[日])
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
援助・開発ワーカー,
ネパールCBOメンバー,
女性団体,人権組織,
ジャーナリスト,知識人    24      2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
国家人権委員会       16     1/2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
主要政党            6     1/2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
軍,警察,武装警察,
治安部隊の中級以上の
幹部,国防省幹部      16      2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
GTZメンバー
開発ワーカー          22    2 1/2
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


(4)事後評価
このミッションの訓練プログラムは,極めて高く評価されている。

「5つのプログラムのいずれへの参加者も極めて肯定的な反応を示した。プログラムは平和構築・紛争転換に目標を定め,参加者の各セクター/グループの固有の必要,課題,背景を考えて設計されており,高度の集中と双方向性を達成した」

「各プログラムの参加者は,大きな満足と高い評価を表明し,今後の継続を希望した。参加者の約70%が,自分の共同体や仕事の中で平和構築の推進に努力する非常な意欲を示した。」

(5)提案
このレポートにおける提案の多くは,昨日のレポートのものと同じなので,以下では,最初にあげられている平和教育についてだけ紹介する。

3.平和教育の推進
(1)学校を「平和ゾーン」に

・学校を直接的,構造的,文化的暴力のない「平和ゾーン」にする。
・学校をすべての人の「安全地域」とする。
・学校を平和価値や平和推進のための技術・ツールを発展させるための地域とする。


(2)平和教育の推進
・紛争転換のための技術を教育する。
・共感,非暴力,創造性の育成。
・暴力に代わる手段を教え,紛争,暴力,戦争,平和の根源的原因を理解させる。
・平和教育をカリキュラムの中に組み込む。
・平和教育教材の開発。
・教員の「平和教育」教育

4.ロマン主義か?
トランセンドの提案を見て強く感じるのは,これはロマン主義ではないかということ。

ネパール平和構築は,「ネパール国内の諸共同体や資源の内在的(indigenous)能力強化を基礎とするものでなければならない。」
「外部から押しつけたり輸入したりしたプロセスは適切ではなく,長期的に見れば,ネパール本国内の平和資源を衰弱させるだろう。」
ネパール平和構築は,「文化的に適切なもの,つまりネパール国内にある紛争転換の伝統やアプローチを基礎とするものでなければならない。」

言いたいことは分からないわけではない。しかし,「伝統」「土着」「内発」に固執するのはロマン主義であり,下手をすると21世紀のドンキホーテになる。

21世紀の怪物グローバリズムに対抗するには,「伝統」「土着」ではどうしようもないのではないか。ガンジーの頃なら,糸車を回しても,まだ現実性はあった。いやガンジーの糸車は,ラダイト(機械打ち壊し運動)のアナクロとは全く別の,合理的計算に裏打ちされたリアリスティックな政治行動であった。ガンジーは偉大なリアリストであっても,決して夢想的ロマン主義者ではない。

もしガンジーがいま生きていたとするなら,彼は糸車を回しはしないだろう。情報化のおかげで,いまやインド(やネパール)の庶民もニューヨークや東京の生活をよく知っている。糸車にリアリティがないことは,いまでは子供でも気づいている。たとえガンジーが糸車を回しても,「変なおじいさん!」でおしまい。

だから,ロマンチックな「伝統」「土着」「文化」では,もはやどうしようもない。凶暴なグローバル資本主義に対抗するには,「伝統」や「土着」は,人々にアピールするように造りかえられなければならない。問題は,それらをどう造りかえるかだ。

トランセンドは空想的ロマン主義ではないはずだから,「伝統」という場合,当然,その造りかえを考えていると思う。その伝統の造りかえをどうするか,そこのところが知りたいのだが,にわか勉強でまだよく分からない。今後の課題である。

5.総合的は現実的か?
トランセンドの眼目は,総合的(comprehensive)ということだが,一般に,総合的は「何もしない」「何も出来ない」となりがちだ。鳴り物入りで導入された「総合学習」が,多くの場合,結局は何も学ばない学習になってしまったのは,そのためだ。総合学習は,神の領域といってよい。

たとえば,トランセンドの「学校平和ゾーン」の提案は面白いが,総合的をねらいすぎ,非現実的となっているように思う。

つまり,学校を直接的暴力禁止ゾーンにするという提案ならよく分かるし,現実的だ。マオイストも警察,国軍も,学校の敷地内には立ち入らず,攻撃もしないという提案をし,受け入れさせ,遵守させる。これなら難しくとも,よく分かり,可能性はある。

ところが,トランセンドはそれにとどまらず,学校を構造的暴力,文化的暴力のないゾーンにすべきだという。これは無理だし,非現実的ではないか?

スクール・ゾーンに入ったとたん,すべての生徒・学生がカースト,ジェンダー,民族等の属性をすべてぬぐい去られ,真っ白な人間となり,授業を受けるのなら,それは可能だろうが,そんなことは不可能だ。また,たとえ可能としても,その場合,「伝統」「固有文化」「土着」はどうなるのか。明らかに矛盾している。

ガルトゥング氏は,近代的な消極的平和に積極的平和を加えることにより平和概念を総合的なものにしたが,その反面,何でも平和となり,結局,なにが平和なのかよく分からなくなってきた。

近代的な国家安全保障なら,平和概念が限定されており理解しやすいが,積極的平和のための人間の安全保障となると,何でもありで,安全のためにいったい何をすべきか,よく分からなくなってしまう。すべてをなせと言われると,何をしてよいか分からなくなる。

もちろん,グローバル化で近代的な国家安全保障はもはやそのままでは維持できなくなったことは,紛れもない事実だ。では,どうすればよいのか? そのヒントが,トランセンドにはあるのではないか? トランセンドは,分からないからこそ学びたいと思っている。

6.トランセンドと宗教?
トランセンドは,キリスト教,イスラム教,仏教,儒教など,宗教をしばしば引き合いに出し,自己の世界観を正当化しているように見える。一見したところ,宗教のつまみ食いのようにも,トランセンド教のようにも見える。

直接宗教に言及していなくても,たとえば,最初に紹介した今回の訓練プログラムの評価を見ると,無限定の全面的自己肯定となっている。率直に言えば,そんなに効果があったのなら,多少は現実政治に反映していそうなものだが,少なくともいままではそのようには見えない。事業評価は,通常は,問題点も指摘するものだ。それがほとんどないので,「宗教的な活動」の印象をどうしても受けてしまうのだ。

もっとよく学べばそんなことはないのだろうが,今のところは,よく分からない。この点については,もう少し勉強してから,議論しようと思う。

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2006/04/04

ヤコブセン「ネパール平和構築・紛争転換ツールキット」

谷川昌幸(C)

カイ・ヤコブセン「ネパール平和構築・紛争転換ツールキット」(2003年9月7日)を読んだ。ヤコブセン(ヤ)氏は,トランセンド専門家であり,2002〜03年に訪ネされ,ネパール情勢に詳しい。これは,2003年4−5月の地方調査,および各界600人以上との対話,ワークショップ,トレーニングをもとにまとめられた長大なレポートであり,トランセンド法のネパール紛争への本格的な適用例と見てよいだろう。

1.名著か迷著か?
読後の感想は,「よく分からない」というのが正直なところ。名著か迷著か,快著か怪著か,英知の宝庫か常識の寄せ集めか,現実性のある道具箱(ツールキット)か単なるお説教か,まるで見当がつかない。

トランセンドをもっと勉強すれば分かるようになるだろうが,勉強しなくても分からないところは分かるので,まずは昨日に続き分からない点から検討してみよう。

2.内在的な解決方法?
ヤ氏は,紛争転換,平和構築の方法は,内在的(indigenous),つまり「ネパール国内に見いだされる」ものに基づくべきだと主張されるが,トランセンドは「外から強制される」方法ではないか?

ネパールの内在的な紛争解決方法といえば,パンチャヤット,カースト自治,チャッカリ,各種の祈祷,国王権威主義など,無数にある。そのどれがindigeneousなのか?

あるいは,ヤ氏は「伝統的,公式,非公式の指導者たちすべてが重要な役割を果たしうる」とも主張される。しかし,「すべて」は全く無意味。どのリーダーが平和転換,平和構築に寄与しうるか? トランセンドは,リーダーをどの基準で選抜するのか?

より本質的な問題は,ネパール紛争の根本原因はindigenousではないこと。グローバル化(自由化,資本主義化)により伝統的社会が激しく動揺し,耐えきれなくなって,武力紛争となった。伝統的(内在的)紛争なら,それを解決するための伝統的・内在的紛争解決手段があり機能するが,いまはインターネット時代,indigeneousな祈祷では現代的問題の解決にはならない。

ネパール紛争は近現代型紛争であり,その解決方法は近現代型とならざるを得ない。

3.全員参加型平和プロセス?
ヤ氏は,平和プロセスに「全セクターの参加者,代表者を含める」べきだと主張される。「平和プロセスが包摂的になればなるほど,持続可能な結果になる可能性が高い。」しかし,本当にそんなことが可能か?

対話は,対話に入らないもの,たとえば極端なヒンズー原理主義,軍国主義,マオイスト教条主義などを切り捨てなければ,始めようがないのではないか? 友敵の区別なしに和平は可能か?

ヤ氏は,参加すべき人々として「女性,ダリット,地方諸共同体,元債務労働者,労働者,知識人,学生,人権組織,ジャーナリストなど」をあげているが,これらは明白な「敵」を切り捨てた,トランセンド向きのリストである。友敵は区別されている。

4.諸派のバランス?
ヤ氏は「諸党派間のバランスとしての調和(symmetry)」が必要といわれるが,バランスが崩れて紛争になったのだから,単なるバランスの回復ではなく,新しいバランスをどう作り出すかが問題になるはずだ。そこでは,退場すべき党派も当然あるのではないか?

5.平和委員会設置?
ヤ氏は,平和資源(Peace Resources)を増強せよと提唱される。各レベルの平和会議,平和フォーラム,平和の家,平和センター,平和ラジオ,「そして,たくさん,もっとたくさん」。

しかし,昨日も指摘したように,そんなものはヒマラヤの水と同じく,ネパールにはすでにイヤというほどあるのではないか? ネパール庶民はきっと,「もうたくさん」というにちがいない。

6.平和ワーカーの資質?
ヤ氏が平和ワーカーに求める資質は,完璧なもの,おそらく神様(悪さをするアジアの神々をのぞく)しか持ち合わせていないようなものだ。

正直,誠実,平和的,勇敢,敏感・・・・・「自分の社会や国で平和構築,紛争転換のために働くトレーナーやワーカーにとって,これらの資質の多くが必須のものである。」

むろん,これらは理想的なものとされているが,にもかかわらず,それらは「人間の資質」であり,訓練により育成されうるものと想定されている。

本当にそうか? 正直は個人の美徳だが,政治とくに外交においては悪徳である。平和は政治目標であり,とすると,平和実現には正直はむしろ悪徳となるのではないか?

7.絶対悪としての暴力?
トランセンドにおいて暴力は絶対悪とされているが,これはトランセンドの根本的方法論である二分法(二元論)否定と両立しないのではないか? 

ヤ氏によれば,「戦争文化的紛争アプローチの本質的特徴は,紛争を次のようなものと見るところにある。」
 ・善悪対立,善者・悪者対立
 ・ゼロサム,勝ち負け
 ・黒白対立
 ・二分法,二元論(男女,正邪,善悪,民主・非民主など)
この論法でいくと,暴力・非暴力の二分法は間違いということになる。あえていえば,正当な暴力行使もあるのではないか? 外科手術,正当防衛など。

8.構造的・文化的暴力?
トランセンドの二分法否定の無理が最も明確に現れるのは,構造的・文化的暴力を規定する時である。

殺人,レイプなどの直接的暴力については,無理は,全くないとは言えないが,あまり目立たない。ところが,何が構造的暴力,文化的暴力かとなると,善悪の価値判断抜きに規定することは不可能だし,価値判断に頬被りして,これこれが構造的・文化的暴力である,などというと,無邪気な独断論になってしまう。

ヤ氏は,ネパールに於ける構造的・文化的暴力を次のように規定している。
(1)構造的暴力
カースト制,「不可触民」,債務労働,父権制/女性の構造的差別と搾取,不均等発展(社会的,経済的,地理的),過剰な中央集権,腐敗,少数民族/文化集団の構造的抑圧,労働者搾取,ダリット,女性,土地不平等,新植民地主義的外国依存,権威的/非民主的/非代表的政治構造,「援助」システム
(2)文化的暴力
「不可触民」,父権制,女性・労働者・若年層搾取,不均等発展,特定カースト/階級/家族等への権力と富の集中,特定集団・ジェンダー・カースト・民族の優越・・・・

これはネパールの伝統文化・社会の全面否定に近い。これらを実現するには,おそらくマオイスト革命が必要だろう。資本主義まで否定されているのだ。

もちろん,それはかまわない。問題は,トランセンドが一定の立場から善悪判断をやり,それに基づき伝統文化・社会を否定しようとしているのに,その自分の価値判断を全く自覚していないように見えることだ。たとえば−−
 ・カースト制=なぜ悪なのか? 
 ・父権制=いまでも多くの社会で文化の核となり,人々のアイデンティティと生活を保障しているのではないか?
 ・資本主義=本気で否定するつもりなのか?
 ・腐敗=何をもって腐敗というのか? 近代合理主義,資本主義的「所有権」観念に凝り固まり,腐敗といっているだけに過ぎないのではないか?

9.疑問を弁証法的にトランセンド!
昨日のガルトゥング・レポートに続いて疑問ばかり提起したが,これはトランセンドに何かありそうだが,まだ,それが何かよく分からないからである。

トランセンド自身が,「紛争を否定的,破壊的,悪とみる」ことを根本的に否定している。

トランセンドは,回りくどい言い方をしているが,要するに,これは弁証法だ。形式論理学のように矛盾や対立を悪と見るのではなく,矛盾こそが歴史を前進させる契機となる。ヘーゲル先生の方法を借用しました,と説明すればスッキリ明快,すぐ分かる。ヘーゲル先生は,北欧,西欧では評判が悪いので,敬遠されたのかな?

ともあれ,まず「疑問からはいる」というのは,手前勝手な解釈かもしれないが,トランセンドの王道である。

* Kai Frithjof Brand-Jacobsen, Toolkit for Peacebuilding and Conflict Transformation in Nepal, 7 Sep. 2003  「

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2006/04/03

ガルトゥング「ネパールの危機」

谷川昌幸(C)

J・ガルトゥング氏のレポート「ネパールの危機:好機+危険」(2003年5月22日)を読んだ。4頁ほどの短文だが,ネパール・トランセンドの概略はつかめる。

1.ネパール・ワークショップ
ネパールでのトランセンドは,2002年7月,PATRIR/TRANSCENDによって始められ,全国へ展開され,その一環としてガルトゥング氏(G氏)も2003年5月16−20日,訪ネした。

2.8プログラムの実施
G氏の日程は,国家人権委員会(NHRC)により完璧に準備され,8プログラムが実施された。

No.1,7=リシケシ・シャハ記念講演。知識人,ネパール世界問題協会対象
No.2-6=主要当事者との対話。政党幹部,NHRC関係者,人権活動家,和平仲介者,政府要人,軍・警察幹部,政府和平交渉団,マオイスト和平交渉団。

3.直接暴力・構造的暴力・様子見
G氏によれば,紛争に対しては,大別すると,3つの態度がある。

(1)直接暴力を行使する党派
(2)構造的暴力の現状維持を図る党派
(3)「高貴な」,アパシーによる,あるいは無気力な様子見の多数派

4.M,K,TP
ネパール紛争の主要当事者は,マオイスト(M),国王=国軍(K),第三勢力(TP)の三者である。

G氏は,もしMとKの2者対立なら状況はいっそう悪かっただろうと考え,紛争解決への大きな役割を第三勢力のTPに期待する。

TP(Third Party)=主要政党(PP),市民社会(NGOなど),人民(People)

5.対話による平和
つまり,TPが一致協力して,MとKを交渉テーブルにつけ,Mとともに暫定政府を設立し,憲法を改正する。この方向に向け,人民(People)は街頭に出て圧力をかけ,また市民社会も強力に圧力をかける。Mには議会制民主主義を,Kには立憲君主制を宣言させる。

そして,MとKの兵士を武装解除し,彼らを保健衛生,学校・道路建設などの共同作業に就かせる。

以上が,停戦,対話,互譲,創造性の下に行われるなら,平和が実現する。

6.ネパール紛争の危険断層
G氏によれば,ネパールにはもともと紛争を引き起こす危険な断層が11カ所あった。

(1)資源枯渇,環境汚染,(2)ジェンダー差別,(3)青少年問題,(4)国王の政治権力,(5)国軍,(6)貧困,(7)少数派文化,(8)ダリット,(9)支配文化,(10)地域格差,(11)外国介入

G氏によれば,これらはすべて人権問題であり,いわゆる「マオイスト問題」ではない。したがって,それらには人権問題として取り組まなければならない。それには,以下のようなことが必要である。

・全党ラウンドテーブル,人権対話を組織し,停戦監視,人権実現を図る。
・スリランカのSarvodaya,インドのDevelopment Alternativesのような経験から学び,そうした活動を組織する。
・平和・人権のための大会議の設立。
・真実・和解のプロセスを進める。

7.いくつかの疑問
G氏のトランセンド提案は,包括的であり,試みるに値するものも多い。その反面,これを読んだだけでは,いくつかの疑問が残るのも事実だ。

(1)TPは平和勢力たり得るか?
G氏は,もしMとKだけなら,事態はもっと悪化していただろうと考えているが,私はむしろ逆だと思う。MとKの2項対立(G氏の最も嫌う構図)であれば,紛争は一方の勝利か両者の妥協でもっと早く解決していたのではないか。

私は,ネパール紛争を泥沼に引き込んだのはTPの無原則,無責任な行為だと考えている。

(2)「人民」の示威行動,市民社会の圧力は有効か?
G氏は,「人民」が街頭に出て圧力をかけ,また市民社会(NGO,労働組合など)が圧力をかけることにより,PP,M,Kを平和に導いていけると考えるが,私はそうではないと思う。

ネパール政治の病巣は,まさに街頭政治,圧力政治,つまり制度不信にある。これ以上,街頭政治,圧力政治に頼ったら,紛争はますます泥沼化し,収拾がつかなくなるだろう。

(3)人権問題か?
G氏は,「人権」を文化中立的,普遍的なものと考えているようだが,それは間違い。「人権」は,明らかに近代西洋的価値であり,ネパール伝統文化とは両立しない。

「人権」強要の痛みを考えず,それを普遍的価値としてネパールに押しつけようとしても,成功はしないだろうし,もし成功しても,それは文化的に望ましいこととは言い切れないと思う。

(4)分権は前進か?
G氏は,分権(devolution)や緩い連邦制(soft federation)を提案するが,それは近代国家を経た北側諸国の発想であり,ネパールには妥当しない。ネパールの課題は,むしろ強力な国家主権の確立である。

ネパールの悲劇は,国家権力が強すぎることにではなく,弱すぎることにある。

(5)母語教育の可能性?
母語教育は,本当に住民自身が望んでいるのか? それはむしろポストモダン西欧諸国のロマンチックな(はた迷惑な)失われた夢の強要であり,現実には少数派民族の差別強化,固定化になりはしないか?

(6)市民社会,NGOは機能するか?
G氏は,わずか5日間の訪ネ中に8つものプログラムが完璧に組織され,時間通り実施されたことにいたく感激されているが,これはセミナーがネパールでは効率的なイベントになっているからである。

その現状を見ると,NGOをさらに組織したり,会議を開催することにあまり多くは期待できない。NGO産業,セミナー興業が繁盛し,庶民には無縁の高級ホテルでの豪華パーティが増えるだけ。むしろ構造的暴力の拡大になるのではないか?

8.疑問を超えて
以上,あえてG氏のレポートへの疑問を述べたが,これはトランセンド法を否定したいがためではない。

ネパール紛争は10年もたつのに,他の方法ではこれを解決できなかったことは,歴然たる事実だ。トランセンド法についてはまだ読みかじった程度なので,まずは思うがままに疑問を提起し,これらを手がかりに,さらに学び,ネパール紛争へのトランセンド法の適用可能性を探っていきたいと思っている。

* Johan Galtung, The Crisis in Nepal: Opportunity + Danger, May 22, 2003. (Report to UNDP, Kathmandu and NHRC, Kathmandu)