2006/01/29
通貨植民地日本とワルとネパール

.谷川昌幸:

ホリエモン弁護論の中で,本物のワルは他にいると書いたら,「それは誰だ」との質問(詰問)が殺到した。大和銀行(りそなHD)株で10倍儲けるくらいの才覚しかなく,本物のワルを自分では説明できないので,ここでは他人のフンドシをかり,説明することにする。

●三國陽夫『黒字亡国』文春文庫,2005

この本を読めば,全くの素人でも,本物のワルの前では,ホリエモン氏がいかに微笑ましく見えるか,そして,ホリエモンにすらなれない自分がいかに脳天気なおバカさんかを,思い知らされるだろう。そして,この本でも,救いはやはりネパール(正確にはチベット)にあり,とされている。

植民地インドの教訓
かつて大英帝国は,インドを植民地とし,ポンドを決済通貨とした。

  <インド>     <イギリス>
 資源,産物など →   輸入

 代金        ←   ポンド
 国内使用困難
 運用難      →   貯蓄・投資

つまり,イギリスは,ポンド決済を認めさせることにより,公正な商取引を装いながら,インドの富を略奪する巧妙な仕組みを作り上げたのである。

インド人は,せっせと働き,自国の資源や産品をいくらイギリスに輸出し黒字を稼いでも,代金のポンドはインド国内では運用できず,結局は,イギリスに環流する。インドは名目的にはポンド資産を蓄積していても,それはシティ(ロンドン)にあり,実質的にはイギリスのものであり,イギリスを豊かにするために使われた。いかにも英国紳士らしい,上品かつ冷徹なやり方ではないか?

通貨植民地日本
この歴史から何も学ばなかったのが,日本。第2次大戦後,独仏は米の通貨奴隷になることを警戒し,ドルを外貨準備としてして蓄積することを止め,結局は,ユーロ圏をつくりあげた。これに対し,日本はバカの一つ覚えのようにドル=紙切れをため込んだ。

  <日本>      <アメリカ>

 アリ国民          キリギリス国民

 工業製品等   →  輸入

 輸出代金     ←  ドル
 貿易黒字
 ドル資産
 国内運用困難 →  国債,社債,株式
     ↓           ↓
 デフレ,生活苦      好景気,消費拡大
 過労死           生活向上

日本名義カード使いまくり
インド植民地と同じではないか。日本人は,休みも取らずコマネズミのように働き,輸出に励み,賃金は不安な将来のために貯蓄や保険にあてる。

しかし,そうして得た黒字もドルで日本では使えないし,銀行や保険会社がかき集めた金も低金利の日本では運用できず,結局は,高金利のアメリカに環流する。

アメリカは,国際収支がいくら赤字になっても平気だ。いや,赤字になればなるほど,アメリカ国民の生活は豊かになる。

赤字になっても,日本(や中国など)が黒字をドル資産で蓄積しているので,頃合いを見計らって,ドル安にすれば,アメリカの借金は棒引きになる。

著者の三國氏は,アメリカは夫(日本)名義のクレジットカードを無際限に使い,贅沢三昧している悪妻のようなものだという。

独仏は,このカラクリを見抜き,本気でアメリカと渡り合い,ドル依存から脱出した。お人好しの日本は,働き過ぎ,不公平貿易と非難されながら,せっせとアメリカに奉仕している。まるで,奴隷が働き過ぎを詫びながら,ご主人様のために身を粉にして働いているようなものだ。

このカラクリが分かれば,黒字国の日本がなぜこれほどまでに貧しく,赤字国のアメリカが豊かなのかが,容易に理解できる。わが長崎大学を見ても,学生は高い授業料にあえぎ,奨学金はほとんど無く,教職員は競争で脅され,こき使われ,校舎もぼろぼろで,まるで古びた倉庫のようだ。アメリカの快適な大学生活とは雲泥の差だ。

救いはネパールに
このワルの悪巧みから脱出する最善の方法は,先述のように,ネパール的生活にある。三國氏は,バタイユの説として,こう述べている。

「まずチベットの例である。過剰な消費の担い手は仏教だった。成人男子3人につき1人の割合で聖職者であり,寺院の予算額は国家予算額の2倍,軍隊のそれの8倍に達した」(p.149)。

つまり,黒字をため込むほど働くな,ということ。輸出向け生産や海外投資ではなく,国内の生活や文化のためにもっと金を使えと言うことだ。

60年代までの日本
わが故郷の丹後では,少なくとも60年代までは,ネパール的生活とほとんど変わりはなかった。いまの日本人は,ネパール人は遊んでばかりいて働かないと憤慨するが,日本も同じであった。

わが村では,大人にも子供にも十二分に時間があり,暇つぶしに様々な遊びをしていた。寄り合い,村仕事(遊び半分のボランティア活動),運動会,祭り,囲碁将棋,釣り,海水浴,スキー・・・。そして,遊びは文化だから,文化も多様で豊かだった。

その村の豊かな時間,多様な文化が,高度成長とともに失われ,いまやわが村はサラリーマン化した村人が,低賃金・長時間労働で疲れ果て,帰宅し,翌朝まで寝るだけのベッド・ビレッジとなりはてた。

幸福を尺度として計れば,いまのわが村は,60年代以前よりも,そしていまのネパールの(紛争下にない)村よりも,貧しい。

やはり,救いは,ネパール的生活である。

22:20  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 経済
2006/01/28
Partyless Party-Politics: 「政党」政治の悲哀

谷川昌幸:

ネパール政治混迷の主因は,政党不在にある。反政府7「政党」もあれば,市選挙登録72「政党」もあるではないかと反論されるであろうが,それらは,厳密にいえば,近代政党ではない。ネパールで近代政党といいうるのは,ネパール共産党マオイストだけだ。

「政党関係者大量逮捕」など,ケバケバしい見出しを見ると,国王が専制化し,政党を弾圧していると錯覚しがちだが,事実は,そうではない。国王が弾圧しているのは政党ではない!

ネパールで「政党」といっているものが政党(近代政党)でないのは,ガンモドキがガンでないのと同じことだ。政党と国王が対立しているのではない。

だから,国王専制を排除し,「政党」に権力を戻せば,それで政党政治,民主政治が再建される,と考えるのは,センチメンタルな願望,全くの幻想だ。根拠なき「政党」善玉論は,この際,きっぱり払拭すべきだ。

国王のおかげでいい子になりつつある「7政党」も政党ではなく,権力を奪回しても,政権担当能力はない。いまの王政より,むしろ悪化する可能性大だ。

ここに,米印の苦悩がある。選挙原理主義のアメリカは,本来なら,国王を追放し,選挙共和制にしたいところだが,国王を追放すれば,「政党」アナーキーになると見ているはずだ。アメリカは,「政党」よりも,結局は,国王を信じている。恥ずかしながら,実は,私もそうだ。

さんざん国王を批判してきたが,しかし,それでも「政党」政治よりはましだ。「政党」政治なんかになってほしくないから,国王批判をしているのだ。それくらい,ネパールの「政党」はひどい。

国際社会が和平仲介に入れないのも,結局は,信頼に足る政党勢力がないからだ。マオイストと国王だけなら,両者とも当事者能力があり,仲介は可能だ。ところが,ネパールには,三角形国旗に象徴されるように,魔の権力三角関係が常に存在する。

三角関係は,男女間でも政治でも,やっかいだ。欧米も日本も,「政党」抜きの仲介には入れないし,「政党」を入れれば,もうメチャクチャ,泥仕合になり,仲介のメンツ丸つぶれ,アホらしくてやってられない。

国王専制はひどいが,だからといって「政党」政治に戻っても,それでどうなるものでもない。

国王政府批判は,この現実を見据えた上でやらないと,薄っぺらな,無責任なものになる。いかにも評論家的だが,これは「評論」だから,まぁ,許されるだろう。

(補足)ネパールの「政党」は近代政党ではないといっているのであって,ネパールの「政党」が道徳的,政治的に悪だといっているのではない。ネパールの政治が,ネパール「政党」に適したものであれば,もちろん「政党」政治は機能する。かつての「ネパール型民主主義」がその一例だ。それを目指すか否かは,ネパール人民が決めることである。

19:04  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 民主主義
2006/01/27
国王支援2大国,中国と日本

谷川昌幸:

ネパール国王を強力に支援しているアジアの国家は,いまや中国と日本の2大国となった。パキスタンは,アメリカの対テロ対策援助でトーンダウン。

▼中国の外交的支援
26日のカトマンズ発新華社ニュースは,パルパ郡で先制攻撃を仕掛けたゲリラに治安部隊が応戦,29人を射殺し,大武器庫を発見押収した,と報じた。そして,次に,カマル・タパ内相の,こぞって選挙に参加し「人民は暴力や殺戮ではなく平和と民主主義を求めている」ことを示すべきだ,との発言を大きく伝えた。さらに,27日には,「3000人以上がネパール市選挙立候補届け出」との見出しのもとに,市選挙の準備状況を伝えた。

中国は,ネパールの現状をこのように構成し,この方向へと世論を導こうとしている。

国王は,この中国の強力な外交的支援がなければ,おそらくこれほど頑張れないだろう。イザというとき,中国が国王をどこまで支えるか,それは分からないが,軍事援助を小出しにしながら,「ひよっとしたら・・・・」と期待を持たせ,中国国益をとことん追求する。その外交は,さすが中国,アッパレだ。

▼日本の神頼み支援
外交力のない日本は,もっぱら神頼み。ネパール国王は,ビシュヌ神の化身,現人神だ。その神を宗教的・精神的に支援できるのは,共産中国でもなく,キリスト教英米でもなく,もう一人の現人神,日本天皇だ。アジア現人神同盟が日本外交の方針のようだ。

▼本尊はビシュヌ化身
日ネ2大化身のうちの,どちらが偉いか? 外務省は,もちろん天皇の方が上だと思っている。しかし,日本神話体系には,おそらくヒンズー教の神までは取り込めないだろう。天皇が八紘一宇,ネパール国王を助けてやっているというのは,日本人の甘い感傷にすぎない。

これに対し,ヒンズー教は,何でも飲み込む無限の包容力を持ち,天皇も神々の一人として容易に取り込みうる。つまり,偉大なビシュヌ神化身の苦境を救うため,東の端から1人の神がはせ参じた,ご本尊の応援にきた,といったところか。現人神天皇の応援はありがたいが,彼らにとっては,せいぜい神々の1人にすぎない。

▼天皇の政治的利用
しかし,たいして有り難がられなくても,経済援助の経済的効果が大であるのと同様,現人神支援の政治的効果も絶大だ。

ビシュヌ神化身は,日本天皇を自分の神話体系の中に組み込むことにより,権威を高め,統治権力を強化できる。 もし私が国王側近で,王制危機に直面したら,躊躇せず,例の「ネパール皇太子夫妻=天皇家記念写真」や「皇太子=日ネ協会会長記念写真」をテレビ・新聞で大々的に宣伝し,大量に印刷してばらまく。すでに,ネパールでは天皇家はヒンズー教神話体系の中に組み込まれているので,国王攻撃を天皇攻撃と情緒的に結び付けるのは造作もない。

▼神頼み外交の失敗
日本側からいえば,これは外交的に見て,いかにもマズい。天皇は日本外交の最後の切り札。それを常識から見て大いに疑問のある形で,見通しもなく早々と切ってしまった。予想通り,何の成果も得られなかった。そして,自ら自分の手を縛ってしまった。なぜ中国のように,選択肢を最大限残すような形で外交が出来ないのか?

▼多チャンネル民間外交に向けて
今年は日ネ国交50周年ということで,記念行事が企画・進行しているようだ。絶好のチャンスである。天皇をつかって狭めてしまった対ネ外交の幅を,ここでもう一度拡大してほしい。人権・平和活動家,各種NGO,諸政党など,日ネ友好に様々な形で努力してきた人々は無数にいる。体制派,反体制派にかかわらず,そうした人々の活動に光を当て,正当に評価し,「ネパールの人々」と「日本の人々」との幅広い友好がさらに発展するよう支援していただきたい。そう,願っている。

* "Guerrilas gunned down in Nepal," "Nepali govt ready for dialogue with political parties: Minister," Chinaview, Jan26; "Over 3,000 file nomination paper for nepal's municipal polls," Chinaview, Jan27, 2006.

20:53  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 外交
2006/01/26
中国が助け船

谷川昌幸:

中国外務報道官コン・カン氏が,諸勢力の対話による問題解決を呼びかけた。外交上手の中国が,ここぞという時を見計らい,助け船を出したのだ。誰に? もちろん,国王に。

中国は,パンチャヤット時代から,原則として国王支持。国王の方も,これに応え,「毛沢東語録」や「下放」のまねをしていた。

1990年革命の主要原因の一つが,前々国王の中国過剰接近だったことも周知の事実だし,2005.2.1国王反革命(クーデター)の時も,中国は,国際世論など歯牙にもかけず,それを容認した。

中国は,国王の最大の理解者,最強の応援団だ。

その中国が,助け船を出した。国王もメンツが立つ。いや,多少かっこが悪くとも,この助け船に乗らないと,いよいよガチンコ勝負になる。結果は,確率の高い順から,

 (1)アナーキー,そして外国介入
 (2)本格的軍事独裁
 (3)マオイスト人民共和国成立

国王は,メンツが立つうちに,90年憲法体制に戻った方がよい。

* Chinaview, Jan24; Kantipur, Jan25, 2006.

17:49  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 外交
2006/01/25
ホリエモンの偉さとネパール的生活再々説

谷川昌幸:

ITバブルをふくらませたホリエモン氏が1月23日,本物のワルにはめられ,逮捕された。氏には,詫びなど入れず,オレを否定するのなら,資本主義を否定してからにせよ,と大向こうをうならせてほしい。頑張れ,ホリエモン! 

▼心による粉飾
ホリエモン氏の粉飾は,即物的で見やすいが,本物のワルは,粉飾を「欲望」+「契約の自由」+「自己責任」=「資本主義の精神」により飾り,弱者から無慈悲にありとあらゆるものを搾り取っている。そして,その粉飾を指摘しようものなら,警察や軍隊を差し向け,黙らせる。さらにワル中のワルは,愛国心で国家を粉飾し,庶民の財産ばかりか,身体・生命までもだまし取る。

たとえば,富士火災海上保険は,男性社員(53歳)との自由意思による労働契約に基づき,2005年6月分月給を2万2632円支払った(朝日2006.1.22)。これが,「契約の自由」による粉飾でなくて何なのか? あるいは,同じ仕事をさせて,賃金を半分も支払わない派遣労働や非正規社員。こんな契約がどうして正当なのか?

▼暴力による粉飾
もっと大規模で不安を禁じ得ないのが,米系を中心とする金融機関の怪しげな宣伝,集金だ。テレビ,新聞,チラシなどで「安い掛け金」「お得」「有利」と大々的に金融・保険商品を宣伝し,日本庶民のなけなしのお金を吸い上げ,どこかに持ち去っている。経済は素人なので詳しくは分からないが,ホリエモンとは比較にならないほど怪しい。ホリエモンに投資したのは投機家であり,自業自得ともいえるが,こちらは投機家ではなく,ごくまっとうな庶民相手であり,それだけにタチが悪い。

集めた金の行き先は,おそらく本国アメリカであろう。日本庶民の労働の成果をアメリカに持ち帰り,見返りに,紙切れ(ドル)をくれる。日本だけでなく,世界中の貧乏人から,お金をかき集め,贅沢三昧し,やはり紙切れを押しつける。もし,そんな紙切れはいやだといえば,世界最強最大の暴力団,米軍を差し向け,爆弾の雨を降らせる。アメリカ・グローバル粉飾決算は,核兵器で隠蔽されているのだ。

▼心はお金で買える
そんな本物のワルに比べれば,ホリエモン氏は,怪しげな「心」やら「愛国心」を持ち出さないし,ましてや核兵器で脅したりはしていない。投機家の裏をかこうとして,少々やりすぎただけだ。

そう,これが資本主義なのだ。ホリエモンは「人の心はお金で買える」(朝日社説2006.1.25)と喝破した。名言であり,わが授業でも大いに称賛している。資本主義では,お金で買えないものはない。「心」にも値段を付け,お金で買える。当然だ。

▼心を売った自民党と経団連
事実,ホリエモンは,お金(利益供与)で自民党を買い(自民党は「心」を売り),そして日本資本主義の総本山,経団連を買った(経団連は「心」を売った)。ごくまっとうな商取引ではないか?

▼心で契約ホゴに
ところが,「自己責任」で自分の「心」を商品化し売却したはずの自民党と経団連が,いまになって「心」は商品化できないと,「自己責任」を棚に上げ,無理矢理,契約をホゴにした。卑怯ではないか!

資本主義において,「心」は,ワルの粉飾決算を美しく飾る造花にすぎない。ダマされてはならない。

▼心で買われる生命・財産
ホリエモンは,「人の心はお金で買える」と公言し,堂々と,そのとおり行動した。これに対し,本物のワルは,自分はコソコソお金で心を買っていながら,バレそうになると,「人の心はお金で買えない」とウソをつき(心による粉飾),それでもだましきれなくなると,権力で黙らせる。お金で心を買うのよりも,「心」で粉飾し,財産ばかりか,身体・生命までもかすめ取る(搾取する)方が,悪いに決まっている。お金で心を買われても,少なくとも代金と身体・生命は残る。粉飾用のまがいものの「心」で買われたら,お金はおろか身体・生命までも無くなってしまう。

▼朝日の粉飾記事
「心」でいま「節」を売っているのが,大朝日。25日の社説は「自民の責任 『わが息子』だったのでは」と「堀江社長逮捕 お金で何が買えたのか」の2本立て。よくもまあ,こんな恥ずかしい社説を書けたものだ。お金で心を売っていたのは,他ならぬ朝日など,商業ジャーナリズムではないか!

▼見苦しい後知恵
いつものことながら,朝日の「後知恵」は,あまりにも見苦しい。逮捕以前にこの趣旨の批判をしていたのなら,評価できるが,逮捕後の無反省な時流便乗は,情けない。こんなことをしていると,またまた「時流に乗り遅れるな」と進軍ラッパを吹くことになる。許せない。

▼見えていたバブル破裂
バブルが危険水域に入っていることは,全くの素人である私ですら,容易に見て取れた。ライブドア強制捜査開始前の1月11日に,
私がバブル警告をしたのは,偶然でも何でもない。素人でも,いや素人だからこそ,これは危ないと感じたからだ。この1年余りの株相場は。サルに買わせても,2倍,3倍の儲けになる。時給700円,月給2万円余(富士火災)の時代に,どうしてこんなバカなことが,まかり通るのか? 続くわけがない。

そして,もっと危ないのが,国民総投機家になっている現状だ。こんなことをしていると,30万人(ライブドア株投資家数)ではすまない。国民総破綻となりかねない。

▼絶対安全確実,有利な投資先,マル秘情報
もしいま投資する気なら,最も安全かつ有利な投資先を,こっそりお教えしよう。他言無用,マル秘情報だ。それは,自分自身への投資。これは,死ぬまで絶対に無くならない。いや,投資の成果が上がれば,それは死後も,尊敬,敬慕となって永く残るに違いない。

▼お金で買えない物の宝庫,ネパールへ
お金で買えるものがあるのは資本主義社会だとすれば,お金で買えないものがあるのは,当然,非資本主義社会である。ネパールがその典型だ。いまこそ,自分への投資のために,お金で買えないものの宝庫,ネパールへ行こう。

お金に目のくらんだ資本主義人間には不合理としか見えないだろうが,ネパールには,お金で買えない(だから不合理な!)ものが無数にある。

 <ネパール>       <日 本>
 子供             大人子供
 時間             時は金なり,多忙
 静寂・自存(地方)     情報洪水,自己疎外
 密な人間関係       孤独,独居老人
 生と死            生死からの疎外(病院での生死)
 敬老             現代版姥捨て山
 安定,保存         進歩,不安,破壊,革新
 共生             競争
 不潔(ばい菌との共生)  清潔,潔癖症
 余裕,遊び,いい加減   合理化,管理,ムダ排除

むろん,お金で買えないものにも,善いものと悪いものがある。たとえば,人間関係も度を超すと,窒息しそうになる。不潔も度を超すと,危険だ。しかし,ネパール的生活の極意である「いい加減」をまず体得しておけば,ネパールの「お金で買えないもの」は現代の不幸な日本人の救いになる。

「お金で買えないもの」は自民党や経団連にはない。「心の教育」は文部科学省にはない。そもそも「科学」は「心」ではない。まがいものではない「心」,本物の「お金で買えないもの」――それはネパールにある。さぁ,いまこそ希望の地,ネパールに行こう!

ギャンブル経済とネパール的生活 (2006.01.11)
ホリエモン・バブル破裂とネパール的生活再説 (2006.01.18)

23:59  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 経済
2006/01/23
大量逮捕抗議声明,大使館HPに掲載

谷川昌幸:

在ネ日本大使館が23日,大使館HPに反体制派大量逮捕に対する抗議声明を掲載した。

こうした抗議声明は,当事国政府と同時に国民にも向けられたものであり,これによりネパール国民も世界中の無数の人々も,日本政府の立場をより明確に知ることが出来る。

これは政治的「決断」であり,当然結果責任が伴う。そのような決断をしない方が楽にはちがいないが,日本が国際社会において責任主体として信頼されるには,それを恐れてはならない。

ネパール政府と国民に向け,いうべきことをはっきり言うのは,日ネ関係の成熟にとって望ましいことである。外交だから,曖昧にすべきことも多々あろうが,いつも不決断,曖昧だと,ネパール国民からも国際社会からも真に尊敬されることはない。

日ネ友好が,王族と天皇家の記念写真で達成される時代は,とうの昔に終わった。今後も,日本政府は,誰に向かって語りかけるか,よく見極めて,行動すべきだろう。

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日本大使館HP(23日掲載の報道官談話)

January 23

Statement by the Press Secretary/Director-General for Press and Public Relations, Ministry of Foreign Affairs, on the Arrest of Persons concerned with Political Parties in the Kingdom of Nepal

Japan is gravely concerned over the arrest of persons concerned with political parties in the Kingdom of Nepal, and strongly urges that these political leaders be released and that the freedom guaranteed by the constitution restored promptly. More.....

http://www.np.emb-japan.go.jp/index.html

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January 19, 2006

Statement by the Press Secretary/Director-General for Press and Public Relations, Ministry of Foreign Affairs, on the Arrest of Persons concerned with Political Parties in the Kingdom of Nepal

Japan is gravely concerned over the arrest of persons concerned with political parties in the Kingdom of Nepal, and strongly urges that these political leaders be released and that the freedom guaranteed by the constitution restored promptly.

What Nepal now needs is for the Government, political parties and citizens to pursue peace through unity, and Japan hopes that the Government and political parties will reach out to one another to this end. Japan also urges the Maoists to achieve peace through dialogue.

http://www.np.emb-japan.go.jp/ann/230106.html

20:06  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 国王
2006/01/21
反体制派逮捕への,おつきあい抗議

谷川昌幸:

平和日本では,今日(21日),センター入試があり,ほんの30分の英語聞き取り試験のため,最新ICプレーヤー一式が受験生全員に分配された(予備も含めると60万台以上か)。全部使い捨て。さすが金満日本,やることがでかい!

そこで,センター試験に敬意を表して,なぞなぞを一つ。

(問題)
A国とB国が1月19日,国王政府による反政府派大量逮捕に対し,抗議声明を出した。次の文中の(A)(B)に当てはまるのは,どの国でしょうか?

(A)国は,在ネ大使館HPのトップに堂々と抗議声明を掲載しているが,(B)国は本国のHPのスミの方に小さく掲載。また,(B)国の在ネ大使館HPトップは19日更新なのに,「友好的」記事ばかりで,相手国(の誰か)を不快にさせるような声明は掲載していない。

A国声明
(A) condemns the decision by the King of Nepal to detain political party leaders and civil society activists in advance of political demonstrations scheduled for January 20. These arrests and harassment of peaceful democratic forces are a violation of their civil and political rights. (A) calls on the King to release these activists. Dialogue between the King and the parties and a return to democracy are the only effective ways to address the Maoist insurgency in Nepal.

B国声明
(B) is gravely concerned over the arrest of persons concerned with political parties in the Kingdom of Nepal, and strongly urges that these political leaders be released and that the freedom guaranteed by the constitution restored promptly.

What Nepal now needs is for the Government, political parties and citizens to pursue peace through unity, and (B) hopes that the Government and political parties will reach out to one another to this end. (B) also urges the Maoists to achieve peace through dialogue.

20:28  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 外交
2006/01/20
反体制派逮捕と国王寄り中国報道

谷川昌幸:

ネパール政府は19日朝,翌20日の7政党集会を阻止するため,反国王派の大量逮捕に踏み切った。予想されたように,電話を切断した上での,狙い撃ちだった。

▼ブラックリストに200人
拘束されたのは,UMLが一番多く,次にNC,NC-Dの順。人権活動家,ジャーナリストも拘束された。ギリジャ・コイララNC党首,MK・ネパールUML書記長らは,自宅軟禁。

拘束予定者リストには,200人列挙されているそうなので,それに近い数の反体制派が,逮捕か自宅軟禁されたと思われる。

20日午後には,7党デモへの参加者約200名がGaushalaで逮捕された。

▼中国の報道
このネパールの状況を,新華社(ネット版)アジア・太平洋地域ニュースは,次のように報道した(18日以降のネパール関係ニュース)。

(1)ネパール,紛争で子供60人殺される(18日/19時/19分)
(2)外出禁止令,ネパールの首都に発令(18/19/56)
(3)中部ネパールでゲリラ,TV塔爆破(19/00/41)
(4)ネパールでゲリラ,生徒85人連行(19/11/50)
(5)カトマンズ盆地に外出禁止令(20/10/30)
(6)金曜日夕,カトマンズで政党デモ(20/17/41)

(1)=2005年1月以降,少なくとも60人の子供が紛争で殺された。CWIN報道官によれば,「反政府ゲリラに殺されたのが48人,両軍交戦により6人,治安部隊に殺されたのが6人」。

「昨年,ゲリラは子供14,873人を教師とともに連行し,思想教育をした。治安部隊は,子供24人を捕らえ,少女1人をレイプした」。

「ゲリラは,子供を傷つけはしないといっているが,彼らの言葉は信じられはしない」。「軍は,救出した子供や交戦中に捕らえた子供をスパイとして使っている」。 

(2)=「外出禁止令は,反政府勢力がネパール郊外の2警察署を攻撃し12人の警官を殺した日の2日後に発令された」。

(3)の内容は,タイトル通り。

(4)=「ゲリラは,(連行した)市民,教師,学生に“イデオロギー”プログラムへの参加を強制し,通常は,数日後に解放する」。「ゲリラに少年兵として使われていた12歳の3少年が治安部隊に投降した」

(5)=(3)の続報。「郡当局によれば,治安部隊は外出禁止令を無視する者は誰であれ撃つことを許可されている」。

(6)=20日の7政党デモについて触れた後,ネパール政府見解を報道。「政府によれば,これらの規制は,反政府ゲリラが,暴動を引き起こそうとして政党デモに紛れ込むのを防止するためのものである」。

▼人民日報「ネパール諸政党,市選挙歓迎」
「次の市選挙のため選挙管理委員会に登録した諸政党幹部たちは,選挙参加は民主主義を再建し軌道に乗せるのに必要不可欠だと語った,と国営ネパール・ラジオが月曜,報道した」。以下,選挙参加政党の声を大きく報道。

▼国王寄りの中国報道
中国のニュースは,CWIN報道官などの人権NGOにしゃべらせるなど,客観報道の体裁をとっているが,人民日報の「選挙応援」記事も合わせ読むと,全体の論調は明らかに国王寄り。

マオイストは残虐で,政府攻撃を過激化し,7政党デモに乗じて秩序破壊をしようとしている。それゆえ,外出禁止令は必要だ,といった論調だ。

しかも,新華社ニュースはすべてカトマンズ発なのに,少なくとも20日20時までは,反政府派の大量逮捕のことは,管見の限りでは,一切報道していない。

▼天安門の影,それともパワーゲーム?
中国は,いまのネパールに,天安門事件でも重ね合わせてみているのだろうか? そして,途上国では,人権や民主主義よりも秩序が優先すると考え,それが国益にもかなうことでもあるので,国王政府をひそかに支援しているのであろうか?

このところ多忙で,ザッとニュースを拾い読みしただけなので,見落としがあるかもしれないが,すくなくとも一覧の限りでは,中国報道は明らかに国王政府寄りである。

* Chinaview (Xinhua-English), Jan18-20; People's Daily Online, Jan16; eKantipur,Jan19-20; Himalayan Times, Jan19

21:48  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 民主主義
2006/01/18
ホリエモン・バブル破裂とネパール的生活再説

谷川昌幸:

予言的中。1月11日付「ギャンブル経済とネパール的生活」で指摘したギャンブル経済の病理が,ネット・バブルの象徴,ホリエモン氏のライブドアへの東京地検強制捜査,ライブドア錬金術の破綻となって現実のものとなった。残念なのは,神のような予言能力を持ちながら,マモン批判に気をとられ,バブル破裂によるぼろ儲け――マモン神への復讐――の絶好のチャンスを失したこと。あの予言の時点で株の空売り(投機の極意!)をやっておれば,一瞬にして何十億と儲け,ホリエモン氏退去後の六本木ヒルズに入居し,都下を睥睨していたはずなのに,残念!

▼ホリエモンと大衆
しかし,私はホリエモン氏を高く評価している。授業でもホリエモンは偉い,と公言してきた。そもそも,株,いや資本主義とはそんなものだ。その原理を知り抜き,投機で急成長してきたのが,ホリエモン氏。どこが悪い! 資本家やその寄生者のくせに反資本主義的封建徳目を唱える政財界の親玉よりも,はるかに立派ではないか。

愚かなのは,そんな見え透いたカラクリにだまされ,時給700円前後(長崎市最低賃金,パート実勢時給)で細々貯めたなけなしの金や,「非文化的で不健康な生活」を保障する国民年金を元手に,一攫千金を夢見て,株バクチに投資した多くの国民だ。ホリエモン・バブル破裂で茫然自失,狼狽しているのではないか?

▼朝日新聞の大罪
大衆投機家は愚かだが,同情には値する。これに対し,許せないのは,先に指摘した高級紙のバブル扇動だ。今日1月18日の朝日新聞を見よ。1面で,ホリエモンが株操作によって2004年11月8日から12月16日の間に株価総額を37倍にした疑惑を報じ,権威ある社説では「ライブドア『勝ち組』暗転の衝撃」の見出しの下に,ホリエモン氏への刑事責任追求を高飛車に要求している。ところが,8面の「アエラ」広告では,堂々と,「一周遅れ人のための株入門,上昇銘柄予想の仕方/平均株価2万円の壁超す時期」とバブルを煽っている。これは何だ! 社説に従い,バブルに乗るのを止めるべきか,アエラに従い,株投機一周遅れを取り戻すべきか?

株投資で一番危険なのは,「一周遅れ」を唱え,「乗り遅れ」不安をかき立て,投機へと大衆を誘い込むことだ。大衆は株知識がないから,煽られるとたちまち不安になり,一斉に株投機へと走り出す。信じられないことだが,最近では,郵便局までが,郵便配達の特権を利用し(これは違法ではないか?),投機商品をさかんに勧誘している。多少慎重な人であっても,大朝日や郵便局が勧めておれば,まあ安全かと思い,投機へと傾くであろう。

しかし,大衆が走り出した頃には,バブルを仕掛けたワルは,そっと退却し始めている。そして,バブル全面破裂で大衆が気づいた頃には,もう手遅れ,どうにもならない。しかも,ワルは悪知恵が働くから,「自己責任」の論理で何の責任もとらない。

ギャンブルで儲けるのは胴元だけ,ということは江戸の昔から,分かり切っている。資本主義ギャンブルの胴元は,誰か? それも,ちょっと冷静になれば,すぐ分かる。だったら,投機には手をださにことだ。

▼ネパール的生活で億万長者に
そして,敬愛するネパールへ行き,しばらくネパール的生活の修行をすることだ。そうすれば,資本主義ギャンブルの胴元の手が透けて見え,マモン神の裏をかき,一攫千金の夢を実現できるかもしれない。

*『朝日新聞』2006年1月18日

10:51  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 経済
2006/01/16
外出禁止令と選挙

谷川昌幸:

1月16日,カトマンズに夜間外出禁止令が発令された。選挙まで継続するつもりだろうか? 爆弾投下後のイラク選挙よりはましだが,銃剣下の自由選挙はブラックユーモアだ。

▼非正規戦の日常化
それにしても,最近は,恐ろしいことになってきた。政府軍もマオイストも,カモフラージュして行動することが多くなったという。

14日のタンコット攻撃では,マオイストは国軍兵を装ってバスで移動していたらしい。もしそうなら,アメリカ供与M16は,カモフラージュと攻撃用の一石二鳥だったわけだ。

国軍も,劣勢の西部では,平服で行動していると伝えられている。

▼卑怯な作戦
まことにもって卑怯な危険きわまる作戦だ。敵も味方も,軍も民も区別できなくなる。そこに,外出禁止令。問答無用,射殺御免!だ。

本来なら選挙どころではないはずだが,それでも選挙するという。国王政府は,アメリカ流選挙本位主義(electoralism)からすれば,ブッシュ政権以上に民主主義的だ。

* KOL, Jan16, 2006.

23:45  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 選挙
2006/01/15
マオイスト,首都圏一斉攻撃
谷川昌幸:

1月14日夕方,マオイストが首都圏を一斉攻撃した。攻撃されたのは,警察署,区役所,軍幹部宅など。

17:35 タンコット
約40人のマオイストがバスで乗りつけ,タンコット治安警察署(チェックポスト,約40名勤務)を包囲,攻撃,警官10名死亡。警察署前の通行税事務所も攻撃され,交通警官も殺された。

18:00頃 ダディコット
約20人のマオイストが,バクタプルのダディコット地区警察署を攻撃,1人死亡,7人負傷。

他にも,軍幹部宅や区役所が爆破されている。マオイスト側発表では,マオイストの損害はゼロという。

首都圏攻撃開始の前兆か?
14日の首都圏一斉攻撃は,単発的なものではなく,市町選挙阻止のための首都圏攻撃開始を示唆すると見るべきであろう。

そして,注目すべきは,この一斉攻撃が,バスをチャーター(強奪?)し,自動ライフルやら,「アメリカ供与(事実上)」M16で完全武装した人民解放軍部隊によって実行されていることである。国王クーデター後の掃討作戦でマオイスト勢力は弱体化したとしばしば報道されてきたが,どうやら「大本営発表」だったようだ。

もし今回の攻撃が首都圏一斉攻撃開始の前兆なら,旅行者は,地方は言うまでもなく,首都圏においても,当分は攻撃目標となりそうな場所,もの,人には近づかないよう十分注意すべきだろう。どこが攻撃されるかは,もちろん分かりはしないが・・・・。

* Himalayan Times; Nepalnews.com; KOL, Jan14, 2006.

11:55  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 人民戦争
2006/01/13
カトマンズ性浄化: Amoral or Immoral
谷川昌幸:

カトマンズ警察の「性浄化」作戦を人権監視(HRW)が厳しく批判している。

▼Meti, Hijra
1月3日午前10時頃,3人のMeti(女性アイデンティティをもつ男性)がタメルを歩いていたら,4人の警官に侮辱され,殴られ,ピストルで脅された。「おまえらHijra(トランスジェンダー)が社会を汚染しているのだ,浄化してしまえ」。

12月31日には,やはりタメルでMetiが捕まり,殴られた。12月28日には,タメルで捕まったMetiが警察署で裸にされ,なぶられ,脅された。こうした事例は,昨年2月の国王クーデター以後,急増しているという。

▼人権侵害の性浄化作戦
この性浄化作戦は,どのような法律に基づいて実施されているのか? 売買春禁止は当然だが,私的性嗜好まで権力が取り締まるのは,明らかに人権侵害である。

▼スケープゴートとしてのMeti
こうした性浄化や民族浄化は,専制支配者が共通して好む政策だ。理由はいくつかある。一つは,社会的少数者をスケープゴートにして,民衆の不満を逸らすため。常套手段だが,極めて効果的であり,ナチス,大日本帝国,旧ユーゴなど,いたるところで使用され,猛威をふるった。

▼専制支配者の性倒錯
もう一つは,これは右翼専制支配者の異常性欲の陰画だということ。歴史を繙けば,純血,貞操,健全な家庭を唱え,不純異性(同性)交友を熱心に取り締まるのは,たいてい右翼権力者だ。ブッシュ大統領は,正しい性道徳,健全な家庭が大好きだ。

わが小泉政権も,右傾化に比例して,国民の強権的道徳化に傾斜し,ありがたい徳目を憲法や教育基本法に書き込み,国民を道徳化(精神浄化)しようとしている。

▼性取り締まり
つまり,性浄化,精神浄化は,権力中枢の性堕落,精神汚染の裏返しなのだ。性妄想にとりつかれた権力者たちは,権力と富だけでなく,性をも独占したいがため,下々の性的自由を抑圧し,搾取しようとする。性は生の根源であり,性の自由はあらゆる自由の根源にある。性を規制できなければ,専制支配は危うくなる。性は本質的に革命的なのだ。

証拠はいくらでもある。たとえば,中世カトリック教会が,独身主義や貞操(聖母マリアの貞操!)を説きながら,権力中枢では性的にいかに堕落していたか。極限は,例の魔女裁判。これは,聖職者たちの異常な性妄想をさらにかき立て,満足させるために,行われたといってもよい。(ちなみに,アメリカでは魔女裁判被害者の名誉回復がつい数年前に行われた。)

▼私的領域への不介入
権力による道徳取り締まりは,権力の道徳的堕落のバロメーターである。まともな政治権力は,私的道徳については,amoralの立場をとる。つまり,私的道徳の領域には,権力は介入しないということである。

▼amoral or immoral
ところで,少々気になるのは,HRWのScott Long氏が次のように述べている点だ。

"Nepali human rights groups are calling this crackdown 'sexual cleansing.' This amoral campaign has to stop."

amoralとは,非道徳,つまり道徳とは無関係で,不道徳的でも道徳的でもないという意味である。不道徳を意味するimmoralとは原理的に別の考え方だ。amoralは,上述のように,権力の私的内面領域不介入を意味する。

単なるケアレスミスならよいが,もしそうでないのなら,これは致命的な誤解なので,早めに訂正された方がよいと思う。

* Meti, Hijraのニュアンスが,よく分からない。どなたかお教えいただけないだろうか。

* Human Rights Watch, "Nepal: Police on 'Sexual Cleansing' Drive," 12 Jan. 2006

20:16  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 人権
2006/01/11
ギャンブル経済とネパール的生活
谷川昌幸:

人間の記憶は,本当に当てにならない。日本では,ほんの十数年前のバブル熱狂,破裂をもう忘れ,またギャンブル経済に向かい始めた。とにかく,すさまじいことが起きている。

▼株が2倍に!
つい1年余り前,株主優待券(50%引き)目当てに,ANA,JAL株を買って,「わが社の飛行機」に乗る優越感と盆正月でも半額の特権を楽しんでいたら,何とその株がいまや2倍に。

もっとすさまじいのが,日頃お世話になっている都銀下位行株。たった5万円程度だったものが,1年余りで10倍。競馬・競輪なみにスリリングだ。

そして,つい先日(2005年12月中旬),誤発注・システム欠陥のスキを合法的について,一瞬にして20億円も儲けたネット株投機青年(27歳無職)が話題になった。こうなれば,もはや宝くじ以上だ。

▼バーチャル株バブル
今回のバブルは,前回のバブルよりも何倍も悪質で危険だ。前回バブルは,参加者もまだ限られており,庶民はせいぜい小規模不動産投機に手を出したくらいだった。バブルがはじけても,不動産は残った。

ところが今回は,ネット取引移行で,万人参加のバーチャル経済ギャンブルとなってきた。見るもおぞましい光景だが,小中学生が株取引講座に参加したり,親から資金を与えられ,パソコンやケータイで株取引を始めた。それはそうだ,インターネットは,お父さんよりも子供の方がうまい。

▼ギャンブルを煽る高級新聞
そして,朝日など格調高いクオリティ新聞までも,ほんの少し前のバブル煽動の前科を忘れ,またもや投機ギャンブルを煽り始めた。これでは,戦争加担の重罪をケロリと忘れ,進軍ラッパを吹き始めるのも時間の問題だ(全国2紙はすでに開始している)。

▼全員参加型バブルの演出者
今回バブルの恐ろしさは,全員参加型バーチャル・バブルだということ。株投機は,麻薬中毒と同じで,増量しつつ続け,やめられなくなる。ケータイ株中毒となり,バブル破裂・破産まで止められない。しかも,今回は,欲ボケ企業や金満強欲家の火遊びではない。小学生や主婦,無職青年から年金生活者まで,文字通り全員参加型だ。もしバブルがはじけたら,多くの庶民が一瞬にして地獄に落ちる。バーチャル幻想に投機しているのだから,夢が覚めたら,借金以外には何も残らない。

こんな危険な悪巧みを演出しているのは誰か? 阿片中毒は,しらふの阿片商人がつくりだし,ぼろ儲けする。ケータイ株バブルは,冷徹な元締め資本家が演出制作し,株中毒患者を発生・増殖させ,いいように食い物にし,廃人にして,自分はさっさとゲームから降りる。そんな冷酷阿片商人のようなワルは誰か? 

そのようなワルが跋扈し,その甘い誘いに,ほんの十数年前の苦い経験をケロリと忘れ,手もなく乗ってしまう多くの欲ボケ国民。日本はもうダメだ。

▼ネパールの堅実性
「これに比べ,ネパールは・・・・」というと,またネパールの誉め殺しだな,と警戒されるかもしれないが,決してそうではない(多少の誇張はある)。つまり,ケータイ株バブル日本の不健全,不安定に比べれば,農閑期に陶器製造を手伝い,壺やレンガをもらって帰ってくる,あの物々交換経済の方が,はるかに健全だ。カネ(いまは電子マネー!)がカネを生むのは,古来哲人たちが警告してきたように,倫理にもとる。

これに反し,物々交換やその補助に限定された貨幣使用であった頃のネパールは,リアルな使用価値を基準にする倫理的な経済だった。いまのネパールがどの程度そうした前資本主義的経済活動を残しているかは,専門外の私にはよく分からないが,少なくとも日本のバーチャル投機経済とは対極的な堅実な体制であることはまず間違いない。

▼ネパール的生活の再評価
こうした議論については,「貧困」をどうするのだ,と非難されるが,「豊かさ」を資本主義の尺度で測るのは,もうそろそろやめにした方がよい。時間,環境,安全などを含む生活の総合的な質で「豊かさ」を再評価する。そうすると,ネパールと日本(先進国)の関係も,大きく変わってくるだろう。

▼ネパールの投機バブルは?
しかし現実には,日本など先進国は,ネパールを不健全な資本主義世界に引き込もうと躍起になっている。資本主義ゲームに参加させなければ,儲けられないからだ。インチキ賭博の胴元のようなものだ。

私はカトマンズしか知らないし,最近数年間はそこにすら行っていないので,現状は正確には分からないが,ネット情報などを見ると,かなり投機資本主義に毒されてきたようだ。

前回バブルの終わり頃,カトマンズでも不動産バブルが発生,日本バブルを見ていたので,ネパール・バブルもいずれ破裂するよ,と友人にいっていたら,やはりそのとおりになった。幸い,これはごく少数の金持ち参加の不動産バブルだったので,傷は限定されていた。その頃,株式市場はまだできたばかりで,ままごとのような規模だったので,株投機バブルは起きていなかった。

▼グローバル投機バブル
さて,そのネパールだが,今回のグローバル投機バブルには,どう対応するのだろうか? アメリカでは,この十数年でダウが5倍くらいになり,最近は不動産投機が過熱している。中国も印度も投機熱で浮かれている。世界全体が熱病状態だ。日本というより世界同時バブルといってよい。

先述のように,これは麻薬中毒と同じだから,いずれ必ずはじける。その時,いよいよマルクス主義の再登場となるかどうか,それは分からないが,少なくともこのグローバル・バブルに乗らなかった人民は破裂の打撃をあまり受けないで済むことは確かだ。

▼ネパール的生活の「豊かさ」を世界に
ネパールは,資本主義化に出遅れ,結果的にまだ投機経済になっていない。大きい目で見ると,日本よりはるかに安全だ。ネパールが,阿片商人のような狡賢い先進国にたぶらかされ,ギャンブル資本主義に引き込まれないことを願っている。

もちろん,生活は豊かにしていかなければならない。たとえば,和平を実現させるだけでも,庶民の生活は格段によくなる。「平和」価値は他の何物にも勝る。不必要な消費財(アブクのように消え去るもの)がなくても,人は平和で豊に暮らせることを世界に示す――これがネパールの歴史的使命ではないか。

そして日本は,そうしたネパールからこそ謙虚に学び,自らの悪習を改め,生活を真に平和で「豊かな」ものにしていくべきであろう。

19:07  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 経済
2006/01/08
カンチプル刷新と情報化の逆説
谷川昌幸:
年末年始を故郷の丹後(京都府最北端)で過ごした。未曾有の豪雪で,家屋も田畑も雪に埋まり,村は静まりかえっていた。
 
▼カンチプルHP刷新と情報化
自宅に戻り,ネットを見ると,カンチプルHPが全面刷新,いっそう視覚化され,洗練された。ニュースも便利そうだ。特集(2005年の12人,写真に見る2005年)やarchive(記録写真)などは,ダウンロードして保存したいくらいだ。私的データベース化なら,問題はないだろう。
 
それにしても,世界の急変はすさまじい。過疎・老齢化で休眠中のようなわが村よりも,カトマンズの方が,情報も多く,身近に感じられる。ネット情報によるバーチャル・リアリティの肥大化は,21世紀の宿命であり,これからはその中で生きざるを得ないだろう。
 
▼情報戦と「見せ物」化
このバーチャル情報の発信については,日本よりもむしろネパールの方が大胆だ。まず民間が,カネのため,あらゆる情報を集め売り始めた。貧困,差別,非識字から虐殺死体の山,爆破されたバスなど,ショッキングであればあるほど情報価値は高く,よく売れる(これは先進国でも同じ)。誤解をおそれずに言えば,「見せ物」である。
 
次に情報の価値に気づいたのは,ハイカラ・マオイストだ。早々とHPを開設し,文字と写真だけでなく,音楽や動画も配信し始めた。マオイストのまじめに疑いの余地はないが,そこはネパール,人民戦争ですら大いに情報化し,売り込んでいる(誰が儲けているかは?)。
 
そして,最後に情報戦に参入したのが国王政府。目的は権力の維持・強化である。カネはあるので,ネット情報を急速に充実させているものの,いかんせん武士の商法,市場動向がまだつかめていない。マーケット・リサーチの軍師がつけば,マオイストの残虐非道など,もっともっと魅力的なコンテンツを作成し,世界に流通させることが出来るはずだし,事実,その方向に向かいつつある(最近の「テロリスト」連発を見よ)。
 
▼丸裸のネパール,神秘の日本過疎村
かくして,神秘の国は今いずこ,ネパールは情報洪水で丸裸だ。たとえば,バラ郡の仏陀化身少年は,本人の意志に関わりなく,バーチャル世界の出来事,衆人環視の「見せ物」にされてしまい,もはや何の神秘性もない。これに比べ,日本の過疎村の出来事は,ほとんど伝えられることもなく,はるかに神秘的だ。
 
▼意味のバーチャル拡散,あるいは暴露的強奪
ことそれほどまでに,ネパール情報は巷にあふれている。しかし,それでネパール理解が深まったかというと,必ずしもそうではない。むしろ情報量の増大に比例して,ネパール理解は難しくなってきた,といった方がよいかもしれない。
 
たとえば,ネパールのどこかで弾丸が発射され,人が死ぬ。その情報は様々なチャンネルを通して瞬時に世界に伝えられるが,その「意味」は情報量に比例して拡散し,以前のように簡明ではなくなった。あるいは,仏陀化身少年の場合は,暴露情報により丸裸にされ,成仏という本来の明快な「意味」を強奪されてしまった。彼は,今いったい何をしているのか? バーチャル情報は,露悪的暴露後,彼の行為にどのような意味(リアリティ)を与えようとしているのか?
 
▼「見えるもの」の奥に?
「見えるもの」の奥に何か真実の堅い芯(真実在)があると考えるのは,根拠なきロマン主義かもしれない。一種の信仰といってもよい。しかし,そうした信仰がなければ,夢と現実,見せ物と本物の区別すら出来なくなり,バーチャル・リアリティの幻想世界で微睡むか,さもなくば,救いなきニヒリズムに陥るだけだろう。
 
わがネパール評論は,情報化の中で,逆説的ながらますます不明瞭となってきた事象の意味を,これからも可能な限り追求していきたいと考えている。
15:30  |  固定リンク | トラックバック (0) | この記事を引用 | 情報
2006/01/07
大使館情報利用の勧め

谷川昌幸:

在ネ日本大使館HPが不可欠の情報源の一つとなってきたことについては,昨年末,すでに指摘した。それぞれの分野の専門家が,予算と時間をかけ,おそらく外交特権も利用しつつ,情報の収集,分析,整理をし,HPに掲載されるのだから,質量共に充実したものになるのは当然とも言える。職務とはいえ,大使館の皆さんが,公務多忙の中で,こうした情報発信に努力されていることに,まずは敬意を表したい。

▼経済レポートと旅行・生活情報
たとえば,「図説ネパール経済」は,34頁にわたるレポートであり,ネパール経済の現状が私のような素人にもよく分かるように簡潔に説明されている。少し前だと,こうした基礎データの収集には,はるばる東京,いやネパールにさえ行かなければならなかった。それが今では世界中どこにいても,しかも日本語情報としてネット上で得られるのだから,隔世の感一塩だ。

あるいは,旅行者,滞在者向けの様々な情報サービスが有益であることもまた,いうまでもない。未知ゆえの不安や危険がずいぶん軽減された。

▼政治・経済ニュース

そして,詳細な「ネパール政治・経済ニュース」。ネパールの内政,外交,経済等の動きが,各月ごとにまとめられ,HPに掲載されている。今のところ,日本語で読める最も詳細な現代ネパール総合年表といってよい。今後も継続されれば,今後のネパール研究の基礎資料になることは,まず間違いない。大使館が,これらの貴重な情報を内部資料にとどめることなく,積極的にHPに掲載し,知的共有財産とされていることに,感謝したい。

▼大使館情報の長短
情報化の下で,大使館情報は今後も増大するであろうし,またそれは望ましいことだが,その一方,それはある意味では危険なことでもある。情報の受け手の民間は,その力量を試されることになる。

前回も指摘したように,大使館は熾烈な国益対立の中で外交をやっているのであり,情報の選択,分析,提供のすべては「国益」の観点からなされている。その「国益」による偏向を指摘し修正するのが民間であり,そのためには相当の批判(批評)能力が求められる。

人,金,権力をもつ大使館の情報を批判し利用しようとするのだから,それなりの覚悟がいるのは当然だ。

▼情報源の多様化
大使館情報の批判的利用には,情報源の多様化が不可欠だ。一番よいのは,日本国益と対立する情報源,たとえばマオイスト,中国,ロシアなどの情報を見ることだ。あるいは逆に,事実上の宗主国アメリカの情報も有益だ。米の意向に反する政策を日本政府がとるはずがない。米国発情報を押さえておけば,大筋では解釈を誤ることはまずない。

また最近では,個人ブログの中にも優れたものが少なくない。たとえば,「ネパールの空の下」や「カトマンズ・ジャーナル」。どちらも個性的で,なかなか面白い。「取扱注意」には違いないが,用心して読めば,大使館情報だけではとうてい分からないような事実の別の側面が見えてくる。これらのブログ情報は,少なくとも日本の大部分の新聞・雑誌よりは,質量ともに格段に優れている。

▼大使館情報の批判的利用
日本大使館が国益の観点からネパール情報を流すのは当然だし,利用できるものは大いに利用すればよいが,注意すべきは,それに呑まれ流されてしまうことだ。われわれとしては,大使館情報をつねに批判的に見る心構えだけは忘れてはならないだろう。

*蛇足ながら・・・・
「批判」=事柄を分析し,事実関係を明らかにし,そして,その価値(意義)を評価すること。非難,悪口ではない。