ネパール評論 2007年1月

2007年1月(表示)
2007/01/31 自衛隊派遣調査団,訪ネ
2007/01/30 マデシ/自衛隊派遣(JN-NET記事転載)
2007/01/28 自衛隊よりパソコン4台,ネパールの本音
2007/01/26 派兵で危機に立つ在ネ日本人
2007/01/24 自衛隊派兵,皇太子歓迎以上の愚策
2007/01/22 マデシ運動と王党派
2007/01/21 ムチャクチャ,グチャグチャの運輸スト
2007/01/20 「人民」政府とマデシ共和国
2007/01/19 朝日大誤報,ましてや・・・・
2007/01/17 暫定憲法の公布・施行
2007/01/15 首相権限カットの思い違い
2007/01/14 マデシ抹殺?
2007/01/13 マオイスト暫定議会議員候補
2007/01/12 マルクス東洋的専制論とマオイスト
2007/01/10 タライにはまる(2)
2007/01/09 タライにはまる(1)
2007/01/07 タライ解放戦線: 独立かインドへの統合か
2007/01/06 ネパール人とは? タライの憲法論
2007/01/05 民主政の難しさ
2007/01/03 郷里とネパール: 失って得るものは?
 謹賀新年

  カトマンズ市街 キルティプルより(2003.1.1)


2007/01/31

自衛隊派遣調査団,訪ネ

谷川昌幸(C)

今日(1/31),政府は自衛隊派遣の安全性(?!)を調査するため,調査団をネパールに派遣する。

調べるまでもない,ネパールは危険だ! 陸自隊員の安全は保障されない。止めた方がよい。

庶民旅行者にとって,ネパールは世界で最も安全な国の一つである。必要な準備と用心さえすれば,快適な旅を楽しむことが出来る。ネパールの庶民は,みな日本庶民の友人だ。

しかし,その自然力により大英帝国軍すら撃退したネパールは,外国軍にとっては危険きわまりない国だ。コンテナ管理の武器など,ネパールでは大人の(たまには子供の)オモチャにすぎない。陸自隊員の危険は別のところにある。

(1)蚊とヒル
ネパールの蚊やヒルは,人の血を好む。特に血気盛んな軍人は大好物。

(2)サルとイヌ
ネパールのサルやイヌは,忠実で勇猛。敵を瞬時に察知し猛然と攻撃する。

(3)妖怪
ネパール中いたるところに出没し,庶民を守るため敵に取り憑き,撃退する。防衛至難。

調査団は外務省,防衛省(昇格おめでとう!),内閣府の職員8名だそうだが,これは人選ミス。エベレスト山頂に釣りに行くようなもの。調査団は動物心理学者,民話学者などから構成し,これらの脅威をしかと調査し,派遣の危険性,不適切性を包み隠さず報告してほしい。

2007/01/30

マデシ/自衛隊派遣(JN-NET転載)

谷川昌幸(C)

(JN-NET発言転載。このブログのみの読者がいらっしゃるかもしれないし,こちらで発言の一元整理をしているので,転載させていただきます。)

【 マデシはネパールのポストモダン? 】への返信 (JN-NET, Jan.30) 
火の手が3方から上がった。マデシは権威「名古屋のN」氏でよいとして,自衛隊はまだ適任者が見つからない。

自衛隊派遣は巨大な問題。職場ではすでに悪名が知れ渡り,皆が「自衛隊派遣はケシカラン」と挨拶してくれる。あと少し扇動すれば,JN-NETは10万回/日以上のアクセスとなり,賛否両論,なかには脅迫も紛れ込むだろう。JN-NET炎上も想定し,対応を考えておいてください。

過労死寸前は,文科省のバカな教育改革のせい。ネパールに倣い,書類はどこかに行ったことにしよう。その点メールは便利。へぇ〜,そぉ。そんなメール見なかったけど! で,ごまかす。事務合理化万歳!

ということで,マデシ担当N氏,炎上監視団長のもう一人のN氏,よろしく。

(蛇足)現場を知らない人間は格好良く批評できる。メリットは,歴史と政治の大枠を押さえておくと,方向性は案外見間違わないこと。自慢じゃないが(自慢だ!),マデシ問題の展開予測は周囲のネパール人たちよりもはるかに早く,正確であった。

君主制(G国王,P皇太子ではない)弁護で反動呼ばわりされてきたが,制度としてのありがたさが多少分かり始めたのではないか。

歴史の流れも政治の大枠もわきまえず,パラス皇太子を大歓迎し記念写真を撮った面々,あのとき1年後,2年後にその写真が飾れるか,と警告した。これがバランス感覚というものだろう。

現場を知らないと観念論になる。現場にのめり込むと,方向性を失う。JN-NETは自由の場でありつづけることにより,両者のシナジー効果(お役所ことば御免)があがる。JN-NETはネパール論の自由の旗手を目指して欲しい。

----------------------

【 ラーハン暴動 】への返信(JN-NET, Jan.22)
面白い! さすがJN-NET。カトマンズしか知らないので,なぜマデシ独立運動が,これほどの理論水準(驚異的に高い!),爆発的エネルギー,国際的連帯(特に米国)をもっているのかが,いまいち分からなかった。旧体制エリートが動いているのだ。これでストンと腑に落ちた。

最近,マデシ独立運動に熱中しているので(おかげでUML系友人とまたケンカ別れした),この「ラーハン暴動」に下記ブログより直リンクを張らせていただきます。

http://nepalreview.spaces.live.com/

この最先端JN-NETでは,直リンクが張れるらしい。まさにクモの巣。アクセスすれば,ネパールがらみの情報は何でも引っかかっている。そんなことになるのかな!

-------------------

【 Re2: 谷川氏の自衛隊派遣報道の国内報道批判、共感します 】への返信(JN-NET, Jan.29)

ブログとの二刀流はややこしいが,せっかくなので,こちらに投稿します。

ご指摘通り,ネパール側報道は在ネ大使館でのアツミ氏記者会見の報告です。会見全体は分からないのですが,限られた情報からだけでもいくつかの問題点が浮かび上がってきます。(うろ覚えなので,前後関係が不正確であれば,あとで訂正します。)

1.自衛隊派遣要請
コイララ首相とプラチャンダ議長は,国連に対し協力要請を出しており,PKOの性質からしても,日本への直接要請でないのは当然と言えます。しかし,ネパールにとって日本は最大の援助国,国連では第2位の拠出国で非常任理事国(昨年)。国連が日本に派遣要請することの含意は,自明と思います。おそらく経験実績豊富なヤラセの一つでしょう。

2.記事について
安保理のネパール支援団(UNMIN)決議は23日。これを受けて塩崎官房長官が24日午前記者会見,他にも政府関係者の発言があったらしく,「自衛隊派遣」情報はネット上にあふれた。

これを受けて24日,カトマンズでアツミ氏が記者会見。もしアツミ氏が自衛隊派遣を伏せ,「プラスチック投票箱」だけを語ったのなら,それ自体問題。

また,ネパール・ジャーナリズムについて言うなら,たとえアツミ氏が自衛隊派遣を伏せていたとしても,日本の存在の大きさから言って「自衛隊派遣」情報を当然得ていたはずだ。知っていて,あえて報道しなかった。誰が情報操作したのか,それは分からないが。

3.軍事化で安保理へ
日本政府の戦略は,自衛隊の世界展開→安保理入り。同じ24日,モンゴルに圧力をかけ,何らかの見返りを約束し,非常任理事国のイスを強奪することを首相自ら発表している。「政府は水面下でモンゴルと協議し,立候補を取り下げ日本に枠を譲るよう要請,内諾を得ていたという」(朝日,2007.1.25)。

外交とはこんなものです。小国は踏みつけられ利用される。ネパールはしたたかですが,基本的には同じと考えてよいのではないでしょうか。

2007/01/28

自衛隊派遣よりパソコン4台,ネパールの本音

谷川昌幸(C)

1月24日の自衛隊ネパール派遣報道は,日本とネパールとでは奇妙なズレを見せた。ネガとポジほどの差があり,単なる関心の違いとは思えない。何か裏があるのではないか。

1.日本側報道と派兵の危険性
日本側報道はどれをみても,もっぱら防衛省昇格後の初仕事,自衛隊海外活動本来任務化の手始めとして,自衛隊ネパール派遣を報道している。

以前指摘したように,自衛隊ネパール派遣は,ヒマラヤをバックに写真を撮るだけでも絵になる。しかも,危険性はほとんど無く,成功はほぼ約束されている。防衛「省」昇格祝い,自衛隊海外雄飛宣伝にはもってこいだ。

政府はこの勢いを借りて国連常任理事国入りをねらう。ネパールで見事,軍事貢献し,これを踏み台に,自衛隊を世界中の紛争地に出し,米軍の下働きをし,ご褒美として安保理の2級常任理事国のイスをいただく。これが日本政府の戦略だ。

ネパールの平和は,自衛隊派遣の主たる目的ではない。ネパールは,単なる手段,踏み台にすぎない。

ネパール好きはお人好しが多いので,政府宣伝を鵜呑みにしがちだが,自衛隊ネパール派遣は日本人自身にとっても危険きわまりない政策だ。日本政府が米国の腰巾着であり,自衛隊が米軍指揮下にあることは,世界中,だれ知らぬものはない周知の事実だ。その自衛隊がネパールに行けば,国連傘下とはいえ,米国(米軍)代理と見なされる。一種の軍事介入だ。

軍隊が進駐すれば,派遣国の国民は警戒され,嫌われ,何かあれば攻撃される。これは世界の常識。自衛隊進駐後は,在ネ日本人がその立場に立たされる。しかも,ネパールは,一歩地方に出れば,近代的な治安組織や連絡網は皆無。地方を旅する日本人の安全は,地元の人々の日本人への好意に全面的に依存している。日本人は,軍事的野心をもたないネパールの友人,親切にしてあげよう,困っていたら助けてあげよう――このネパールの人々の日本人への安心感,信頼感こそが,地方を旅する日本人の最善,最大の安全保障だった。

その日本民間人の安全保障が,たった10名前後の自衛隊員(陸軍)派遣で,一瞬にして無くなってしまう。これからは,トレッキングをしていても,村を訪ねても,軍隊派遣国の国民を意識して行動せざるを得ない。村人は,あなたの背後に日本軍を見るのだ。これまでのような「無邪気な日本人」ではすまされなくなる。この点については,1/26日の記事参照。

2.ネパール側報道はカネのみ
日本側報道が自衛隊派遣一辺倒だったのに対し,ネパール側は,カンチプルのみならずライジングネパールですら,24日付日本記事は,日本が出すカネの話しのみ。カンチプル「日本,制憲議会選挙・兵器管理支援」。ライジングネパール「日本,投票箱援助」。カネ,またカネのみ。

カンチプルは,見出しにこそ「武器管理」が入っているが,記事中に自衛隊は一度も出てこない。日本政府は,6万個の半透明プラスチック投票箱(90万ドル)と,86万枚の投票箱封印紙(13万7千6百ドル)を援助。送料2万ドルも日本政府が負担。すでに日本政府は,選挙管理委員会にパソコン4台,プロジェクター4台を贈与した。さらにラジオ・ネパールにはポータブルレコーダー20台と衛星電話1台(2万8千ドル)を贈与する予定。

配送費2万ドル(240万円)のばからしさは別として,こんなみみっちい話し,ましてやパソコン4台など,およそ新聞記事になりそうもないことを,カンチプルやライジングネパールがなぜ報道するのか? 自衛隊派遣と比較した場合,事の軽重は自明ではないか。

なぜ自衛隊派遣はまったく伝えず,パソコン4台贈与を仰々しく報道するのか? 作為は日本側かネパール側か?

もし日本側の報道介入だとすれば,日本軍(海外では自衛隊はれっきとした軍隊)進駐をネパールで報道され,反対運動が起きることを恐れたからだろう。日本軍が進駐すれば,当然,地方を無防備で歩き回っている日本人に危害が及ぶかもしれない。そんなことにも配慮したのかもしれない。あるいは,日本軍進駐を大々的に報道すれば,お隣の中国がイチャモンをつけ,せっかくの防衛省初仕事が台無しになる。それを危惧したのかもしれない。

一方,もしネパール側の作為だとすれば,ネパール政府の本音の表白であり,興味深い。日本政府は自衛隊を出すなんていっているが,そんなことにネパールは関心はない。恩義(負担)を感じるなんて事は全くない。日本はカネさえ出してくれればよい。

自衛隊派遣とパソコン4台贈与を比較して,どちらが重要か? いくらネパールでも,事の軽重は自明だ。運賃2万ドル負担が,どうして2,3行もの記事になるのか。自衛隊に一言も触れずに!

明らかに意図的だ。したたかなネパールのこと,日本政府は完全にバカにされている。軽蔑されている。「美しい国」の節操もかなぐり捨て,見下されても,安保理入りのため卑屈になって,1票を哀願する。それを百戦錬磨のネパール政治家に見透かされているのだ。自衛隊を派遣したいのなら受け入れてやってもよい,そのかわりカネをよこせ。もしこの記事がネパール側の作為なら,そこからはこんな含意を読みとることができよう。

さて,実際にはどうだろう? 日本側報道とネパール側報道の落差は,あまりにも不自然だ。何らかの作為があったはずだ。私は,これはネパール側の作為ではないかと推測する。以前にも書いたように,日本政府はおそらく自衛隊派遣をネパール側に働きかけ,受け入れさせたのだろう。やらせ派遣だ(2006.11.29記事参照)。

この日本側の弱味を老獪なネパール政治家が逆手にとり,こんな嫌味なしっぺ返しをしたのだ。

日本政府はバカにされているが,これを日本国民は怒るべきか? せっかく自衛隊を派遣し,状況によっては八紘一宇の盟主たる日本人の血を流すことになるかもしれないのに,無視するとは無礼ではないか,とナショナリズム丸出しで高圧的にネパール側をしかりとばすべきか?

否,断じてそんなことはすべきではない。これは,自衛隊派遣をごり押しする日本政府が悪いのだ。ネパールは,軍よりもカネを求めている。カネを出し,できるだけ有効に使ってもらう。これが日本政府のやるべき事だ。日本国民は,軍を出し血を流すのではなく,カネを出し,それを生かし,開発を側面より支援することを,日本政府に要求すべきだ。

ネパール側報道は正しい。日本側報道が間違っている。

* Bikash Bhandari, "Japan to assist in CA elections, arms monitoring," eKantipur, Jan.24; "Japan to provide ballot boxes," Rising Nepal, Jan25; 1月24日付日本新聞各紙。

2007/01/26

派兵で危機に立つ在ネ日本人

谷川昌幸(C)

日本軍のネパール派遣(3月予定)で危機に立たされるのが,ネパール在住日本人。これまでは平和憲法の下,軍事的野心はひとかけらもない安全な日本人と見られ,信用されてきたのに,少数とはいえ日本軍が駐留するとなれば,在ネ米人と同様に扱われ,しかもアメリカのような自国民保護体制は皆無に近いから,無防備な危険きわまりない状況に放置されることになる。

畏敬する中村哲氏が繰り返し強調されるように,丸腰だからこそ在外日本人は信用され,安全が保障されてきた。その最善の安全保障を,日本政府は奪い取ろうとしている。安保理常任理事国になるというくだらぬ野心のために。

しかも,仕事,結婚,NGO活動,調査,休暇などでネパールに滞在する民間人を危険にさらすことになるのに,派遣日本軍人も役人も手厚い安全保障の下にある。日本軍はピストルか何かをもっていくだろうし(最悪の場合でも同盟軍に護衛される),大使館は治外法権(日本主権下),外交官には外交特権がある。民間人は丸裸だ。

私は日本の安全地帯から発言している。ネパールに居住していたら,大使館に生殺与奪の絶対的権限を握られており,とてもこんなことはかけない。だからこそ,あえて,軍隊派遣はネパールのみならず日本人自身のためにもならないと警告し続ける義務がある。

軍も官も,いざというときは民間人を犠牲にし,置き去りにし,国益という名の自己利益を追求するものだ。在ネ日本軍が,ネパール居住日本人の安全を守ることは絶対にない。

2007/01/24

自衛隊派遣,皇太子歓迎以上の愚策

谷川昌幸(C)

政府がついに自衛隊ネパール派兵の方針を固めた。日本皇室を政治的に利用したパラス皇太子大歓迎につづく,愚策だ。

これで,日本への信用は一気に失墜する。中国も敏感地帯への自衛隊派兵に神経をとがらせ,何らかの対抗措置をとるかもしれない。

なぜこんなことをするのだ。日本がネパールの平和のためにできること,やるべきことは他にたくさんあるのに,よりにもよって軍隊を送るとは!

日本のネパール関係者は,こぞって反対運動に立ち上がるべきだ。軍隊をネパールに送ってはならない。

このパラス皇太子歓迎の失策,失態を見よ。自衛隊派兵はこれら以上の愚策だ。
  皇太子殿下訪日の政治的意図
  皇族,日ネ協会に大歓迎される皇太子ご夫妻
  会見写真掲載ライジングネパール(2005.7.7)トップページ

 (関連記事)
2006/12/18 改正教基法,防衛省法と自衛隊派遣
2006/12/17 暫定憲法記事も,東京・読売>朝日
2006/12/15 停戦監視員36名申請,自衛隊は?
2006/12/07 自衛隊派遣要請? 桃色化「朝日」の右傾化
2006/12/04 文民派遣要請,M軍解体,国連の貧乏くじ
2006/12/01 ネパール紛争利用の自衛隊派兵

2006/11/29 自衛隊ネパール派遣要請,日本のヤラセ?
2006/11/28 自衛隊,ネパール派遣へ

2007/01/22

マデシ運動と王党派

谷川昌幸(C)

マデシ独立運動と王党派の関係については,下記記事が面白い。

「ラーハン暴動」西荻のトリケラトプス

関ヶ原」名古屋のN

「マデシの分布」名古屋のN

2007/01/21

ムチャクチャ,グチャグチャの運輸スト

谷川昌幸(C)

運輸業連合のストは,もうムチャクチャ,グチャチャ,何がなにやら訳が分からない。

8党政府がマデシ権利フォーラム(MJF)活動家逮捕→MJFが逮捕抗議バンダ→マオイストがMJF派少年射殺→MJFがトラック,バスなど破壊→運輸業連合が抗議バンダで政府に破壊された車両の補償要求。

もちろん実際にはもっとグチャグチャだが,プロクルステスの寝台で無理矢理整理すれば,上記のようになるだろう。

これは小規模ながらイラク的カオスだ。誰が敵やら味方やら。MJFバンダの損害を,運輸業連合バンダの圧力で,政府に要求する。では,その運輸業連合バンダの損害は,どうするか? MJFがバンダでまた損害賠償要求を政府にするのだろうか?

* "15-hour curfew in Lahan," "Trafic strike brings vehicular movement to standstill across country," eKantipur, Jan.21.

2007/01/20

「人民」政府とマデシ共和国

谷川昌幸(C)

1.「人民」政府と寛容の難しさ
マオイストのマハラ氏副首相就任となれば,以後,反政府活動は「人民」に対する反逆とされる可能性が高くなる。これは大変なことだ。

権力=国王,権力=NCなら,反政府=反人民とはならない。つまり,反政府諸集団の存在余地が国内にはまだある。ところが,8党=人民=政府となると,反政府=反人民なのだ。「人民」政府には,寛容と自制を願いたいが,歴史的には,これは至難のわざで,たいてい反政府少数派弾圧,下手をすると抹殺となる。そのようなことにならないように,ここらで一休みし,寛容論の古典でもひもといていただきたい。

2.マデシ共和国
そのネパール「人民」政府にとって目の上のたんこぶとなりつつあるのが,マデシ独立運動。勢力はよく分からないが,ブログはますます元気,怪気炎をあげている。

領土
マデシは3.4万平方キロ。世界第138位で,台湾とほぼ同じ。ベルギー,イスラエルよりも広い。

人口
約1100万人。世界第74位で,ギリシャ,ポルトガル,オーストリア,スイス,デンマーク,ノルウェーより多い。

以上の数字がどこまで正確かわからないが,マデシが相当の規模であることは間違いない。そこがまだ一部とはいえ,分離・独立に傾いているのだ。これは大変。

3.逮捕,射殺,外出禁止令
はじめに述べたように,これまでの反政府活動はせいぜい反国王,反NCですんだ。これからはそうはいかない。

1月16日,カトマンズで,マデシ権利フォーラム(MJF,MPRF)の活動家十数名が暫定憲法反対座り込みをしていて逮捕された。平和的座り込みだとしたら,さっそく「人民」による「人民の敵」弾圧だ。

19日には,シラハで,この逮捕への抗議活動に参加していたMJFの学生(16歳)が,マオイストに射殺された。夕方から,外出禁止令が出されたが,MJFは無視し抗議活動を続けた。

4.JTMMによるチャッカジャム,連行,射殺
一方,JTMMは,村民からの強奪のかどでタクリ(?)を射殺し,またネパールテレコムの社員を連行した。他にも,政府やNGO関係者が連行されているらしい。チャッカジャムもやり,反対するマオイストとあちこちで衝突している。

皮肉なことに,マハラ副首相就任に呼応するかのように,マオイストがやってきたことを今度はJTMMがやりはじめた。これをどう収めるか?

カトマンズ政府が「人民」政府だとすると,彼らはもちろん「人民の敵」となる。カトマンズ政府は自分を「人民権力」として正当化し,彼らを抹殺してしまいたいという危険な誘惑に抵抗できるだろうか? すでにマデシ反政府運動は国王から資金援助を受けている,という非難攻撃が始まっている。事実かもしれないが,たとえそうだとしても,いやそうであればなおさらのこと,慎重な対応が望まれる。

7+1党政府は,早くも試練に立たされている。

* "Madhesh is Great!," Madesh Blog, Jan.16; "Over two dozen MPRF activists arrested in the capital," nepalnews.com, Jan.16; "Student dies as Maoist cadre opens fire, curfew clamped in Lahan," eKantipur, Jan. 19; "JTMM men kill dacoit, abduct accountant," ekantipur, Jan.20.

2007/01/19

朝日大誤報,ましてや・・・・

谷川昌幸(C)

日銀の金利引き上げをめぐり,朝日(西部本社版)がしくじった。

1月17日1面トップ=「日銀,0.5%に利上げ,政府容認の方向

記事本文もこの趣旨であり,0.5%と数字まで明記していた。これを読めば,誰もが利上げほぼ確定と思うだろう。

1月18日。1面記事なし。経済面で「利上げ一部に慎重論」と,少し軌道修正。

1月19日1面トップ=「日銀,利上げ見送り 消費・物価に慎重論

たった2日で正反対の大見出し。17日記事を信用して投資した人は大損をしたはずだ。ゴメンナサイのひと言もない。

むろん,これは誤報ではなく,日銀は利上げ予定だったのに,政府が圧力をかけ撤回させた,政府はケシカラン,と政府批判をするための深慮遠謀だった可能性もある。事実,19日社説は,その論旨だ。投資家に大損をさせ,政府批判の劇的効果ねらった朝日の高等戦術かもしれない。

紙面を見れば大誤報,「真意」をくめば,良識派朝日の政府批判の可能性。

予測記事はかくも難しい。ましてや,私のブログ記事など,誤りとイデオロギーのごった煮だ。

それでもなぜ書くかと言えば,それはネパールが面白いからに他ならない。面白いから関与し,関与すれば失敗もする。ネパール(関係者)にとって迷惑かもしれないが,関心を持たれないよりはマシだと観念し,ご容赦願いたい。

2007/01/17

暫定憲法の公布・施行

谷川昌幸(C)

1月15日,暫定憲法が公布,施行された。1990年憲法は15日で正式に廃止。

1.完璧な,あまりにも完璧な手続き

2006.4.28 議会再開。185議席
2007.1.15 再開議会,満場一致で暫定憲法承認→暫定憲法公布(午後7時45分)→代議院(下院)と参議院(上院)解散(8時25分頃)
      コイララ首相,暫定議会招集(午後8時30分)
      暫定議会,満場一致で暫定憲法批准,施行

2.合理的な,あまりにも合理的な一院制暫定議会

NC           85
NC-D         48
CPN-UML       83
CPN-M        83
RPP           9
NSP(Anandi devi)   5
PFN(A. Sherchan)  4
PFN(V.B. K.C.)     3
PFN(C.B. Ale)      2
NWPP                      4
ULF            3
RJP            1
----------------------------
       Total  330

3.暫定憲法
1月15日公布・施行された暫定憲法の全文は,次の通り。

    暫定ネパール憲法 2063(doc)

* KOL & Nepalnews.com, Jan.15; Legal News from Nepal, Jan.16

2007/01/15

首相権限カットの思い違い

谷川昌幸(C)

マデシに目を奪われている間に,カトマンズではまたバカな動きが始まった。公布もされていない暫定憲法の大幅修正要求が殺到しているのだ。なかでも首相権限カットの要求は,もっともな要求もあるにはあるが,方向としては間違いだ。

1.最強権力のための民主制
民主制はそれ自体「独裁」であり,権力強化のためのものだ。君主主権のイギリスですら,民主化により議会は「男を女にする以外は何でもできる」くらい強力になった。民主主義の本家アメリカの大統領権限は,いうまでもなく世界最強だ。

それなのに,ネパールではまだ誕生もしない首相の権力を,はやばやと大幅カットするのだそうだ。やれやれ。

2.委任独裁でもよい
ネパール政治の宿痾は権力の弱さ。ネパールは,当面,委任独裁でもよいくらいだ。

強力な権力がなければ,自由も人権も守られない。権力を制限すれば,自由や人権が拡大するというナイーブな錯覚から早く覚醒すべきだ。

3.少数派のための強力権力
ネパールになぜ強力権力が必要か? いうまでもなく少数派,弱者のためだ。マデシも,カトマンズに強力権力ができ,彼らの権利が回復されるなら,ネパール国家内にとどまってくれるかもしれない。

* "Massive cut in PM'S power sought," KOL, Jan.15, 2007

2007/01/14

マデシ抹殺?

谷川昌幸(C)

マオイストは暫定議会にマデシ議員20名を送り込むことになったが,これで分派JTMM(マデシ解放戦線)との敵対関係が緩和に向かうとも思えない。マデシ側の議論を見ると,対立の根は深い。

1.マデシ抹殺?
「政府はマオイストにマデシ抹殺をさせようとしている」――こんな物騒なタイトルの記事が出ている。デマとも言い切れない。ブログには積年の恨みがあふれている。

2.カマイヤではなく「奴隷」
カマイヤは,土地を奪われ,奴隷化され,売買されるのに,ストレートに「奴隷」と呼ばせず,世界の目から実態を隠している。歴史と事実の巧妙な偽造だ。

3.分離主義でなく独立運動
ゴルカパトラやマーカンタイルは,マデシ運動を「分離運動」と呼んでいるが,これはネパールからの「マデシ独立革命」。アメリカ,アイルランド,インドと同じく,植民地支配からの独立運動だ。

4.インド系ではなく先住民
もしマデシがインド系なら,バフン,チェットリの方がもっとインド系だ。マデシは移入者でなく,マデシュに何千年も前から居住してきた。移住者は,山地人。彼ら新入移住者がマデシの国を奪い,彼らを奴隷にしたのだ。

5.ネパール文化帝国主義
ほんの200年前からのネパール侵略者が,マデシの長い歴史と文化を奪う権利はない。すでにマデシは,支配者の言語ネパール語を強制され,ネパール語を学ばなければ仕事にも就けない。ネパール服も着せられている。

――以上,たしかに感情的だ。誇張もあるだろう。しかし,どうみても正義はマデシ側にありそうだ。マデシ国独立となるか?

障害は近代的共和制。人民主権共和制は異端を許さない。アイルランド虐殺のクロムウェル,アメリカ先住民虐殺の白人入植者,ユダヤ人虐殺のナチ,クルド人虐殺のフセイン,チェチェン虐殺中のロシア政府――すべて「共和主義者」だ。君主でも保守主義者でもない。

マオイストは,JTMMや他の反マオイスト集団を許容しうるか? Inclusive Democracyは,原理的にロク・タントラ(人民主権民主主義)と両立しないのではないか?

* "Government want Maoist to finish-off Madheshi," "Tips for Native Journalist/Reporters," Madesh Blog, Jan, 11-12.

2007/01/13

マオイスト暫定議会議員候補

谷川昌幸(C)

マオイストの暫定議会議員候補者リストが発表された。73名のうち,女性29,少数民族23,ブラーマン・チェットリ19,ダリット11,マデシ20,戦死者家族19。

興味深い人選だ。本気か,それとも汚れ役を彼らにやらせる作戦か? しばらく見守ろう。

------------------------

The CPN-Maoist Nominees

NAME   DISTRICT   COMMUNITY

Krishna Bahadur Mahara Rolpa -
Dev Gurung Manang Nationalities
Dinanath Sharma Baglung -
Matrika Yadav Dhanusha Madhesi
Lokendra Bishta Rukum Nationalities

Hisila Yami Kathmandu Women/ Nationalities
Janardan Sharma Rukum -
Lekh Raj Bhatta Kailali -
Khadak Bahadur B.K Kalikot Dalit
Jayapuri Gharti Rolpa Women

Suresh Ale Tanahun Nationalities
Tilak Pariyaar Banke Dalit
Mahendra Pasvaan Siraha Dalit/ Madhesi
Prabhu Shah Rautahat Madhesi
Ramesh Danuwar Siraha Madhesi

Kamala Roka Rukum Women/ Nationalities
Padam Rai Bhojpur Nationalities
Ganga Shrestha Sindhuli Nationalities
Santosh budha Magar Rolpa Nationalities
Bhakta Bahadur Shah Jajarkot -

Hit Bahdur Tamang Nuwakot Nationalities
Ram charan Chowdhary Bardiya Madhesi (Tharuvan)
Dilip Maharjan Kathmandu Nationalities
Narayan P. Dahal Chitwan -
Bam Dev Chhetri Rupandehi -

Purna Subedi Banke Women
Uma Bhujel Gorkha Women/ Nationalities
Amrita Thapa Syangja Women/ Nationalities
Tank Aambohang Taplejung Nationalities
Dharamsheela Chapagain Jhapa Women

Narayni Devi Shrestha Bhaktapur/ Lalitpur Women/ Nationalities
Saraswati Chowdhary Saptari Women/ Madhesi
Ram Kumari Yadav Dhanusha Women/ Madhesi
Rivashi Rai Udaypur Women/ Nationalities
Satya Pahadi Dolpa Women

Shobha Kattel Chitwan Women
Dama Sharma Dang Women
Uma B.K. Kapilvastu Women/ Dalit/ Nationalities

Manju Bam Baitadi Women
Rupa Chowdhary
Kailali Women/ Madhesi (Tharuvan)

Bhagwati Pradhan Sindhupalchowk Women/Nationalities
Devi Khadka Dolakha Women
Kumari Moktan Makwanpur Women/ Nationalities
Savitri Gurung Tanahun Women/ Nationalities
Balawati Sharma Baglung Women

Rupa B.K Palpa Women/ Dalit
Samjhana B.K Pyuthan Women/ Dalit
Sarala Regmi Bardiya Women
Saraswati Mohara Dailekh Women/ Dalit
Ram Ashreya Ram Parsa Madhesi/ Dalit

Tika Budhathoki Salyan Women
Nandi Sarki Dadeldhura Dalit
Mangal B.K Surkhet Dalit
Parshuram Ramtel Gorkha Dalit
Bharat Shah Mahottari Madhesi

Suryanath Yadav Saptari Madhesi
Salikram Jamkatel Dhading -
Parmanand Verma Banke Madhesi (Tharuvan)
Binod Upadhyaya Rupandehi Madhesi
Shiv Kumar Mandal Morang Madhesi

Chinak Kurmi Nawalparasi Madhesi
Ram Lotan Tiwari Kapilvastu Madhesi
Satya Narayan Bhagat Rautahat Madhesi
Indrajeet Chowdhary Dang Madhesi (Tharuvan)
Puran Rana Tharu Kanchanpur Madhesi (Tharuvan)
Purna Singh Rajbanshi Jhapa Madhesi
Ram Bahadur Shreesh Myagdi Nationalities
Sudarshan Baral Gulmi Nationalities
Suryaman Tamang Kavre Nationalities
Khim Lal Devkota Kaski -

Phurbi Sherpa Sankhuwasabha Women/ Nationalities
Sheela Yadav Bara Women/ Madhesi
Basanta Majhi Sindhuli Nationalities

(UWB, Jan.12, 2007)

2007/01/12

マルクス東洋的専制論とマオイスト

谷川昌幸(C)

政権参加直前のマオイストは,いま改めて,マルクスを読み直してみるべきだ。人民主権民主主義は,あのマルクスをしてすら,結局,こう言わしめたのだ。マオイストは,マルクスを超えられるか?

マルクス―サイード―西川長夫からの曾孫引きだが,いまこそマルクスは再読に値する。

「われわれは、これらの牧歌的な村落共同体がたとい当たりさわりなくみえようとも、それがつねに東洋的専制政治の強固な基礎となってきたこと、またそれが、人間精神をありうるかぎりのもっとも狭い範囲にとじこめて、これを迷信に対し無抵抗な道具とし、伝統的な規範の奴隷とし、人間精神からすべての尊厳と歴史発展のエネルギーを奪ったことを忘れてはならない。(中略)
 なるほどイギリスがヒンドゥスタンに社会革命をひきおこした動機は、もっともいやしい利害関心だけであり、それを達成する仕方も愚かしいものであった。しかし、それが問題なのではない。問題は、人類がその使命を果たすのに、アジアの社会状態の根本的な変革なしにそれができるのかということである。もし、それなしにできないとするならば、イギリスがおかした罪がどんなものであろうとも、イギリスはこの革命をもたらすことによって、無意識に歴史の道具の役割を果たしたのである。」(「イギリスのインド支配」1853.6.25,西川, p.99-100)

「インドの社会はまったく歴史をもたない。すくなくとも人に知られた歴史はない。われわれがインドの歴史とよんでいるものは、この抵抗しない、変化しない社会という受動的な基礎のうえに、あいつぐ侵略者が帝国をつくりあげた歴史にすぎない。したがって問題は、イギリス人がインドを征服する権利があったかどうかにあるのではなく、インドがイギリス人に征服されるよりも、トルコ人、ペルシア人、ロシア人に征服されたほうがましかどうかにある。
 イギリスは、インドで二重の使命を果たさなければをらない。一つは破壊の使命であり、一つは再生の使命である。――古いアジア社会を滅ぼすことと、西欧的社会の物質的基礎をアジアにすえることである。」(「イギリスのインド支配の将来の結果」1853.8.8,西川, p.101-102)

いやはやすさまじい。西川長夫も「もし右の文章にマルクスの署名がなければ、われわれ読者は、西欧のもっとも露骨で恥知らずな植民地主義者の文章だと思うだろう」と述べている。

マルクスだけが悪いのではない。合理的人民主権民主主義は,こうなる宿命にあるのだ。マオイストがもしこれを克服できるなら,エベレストに赤旗を立てる権利くらいは,当然,認められてしかるべきだろう。

* 西川長夫「サイード『オリエンタリズム』再読」,『国境の越え方』平凡社, 2001

2007/01/10

タライにはまる(2)

谷川昌幸(C)

2.マデシとタライ
 Terai, Tarai = ペルシャ語「湿潤地」に由来。低ヒマラヤ山麓以南のネパール,インド

 Madhesh = マハカリ川(西)からメチ川(東)までのシバリク/チューレ山麓からインド国境まで。

 Tarain = タライにすむすべての人々
 Madheshi = Madheshの先住民

細かいが,定義(名付け)がすべての出発点。つまり,マデシは,中央魚国に何千年もすんでいるが,「ネパール人」は,シャハ家国家統一以後の200年にすぎないと言うこと。

マデシは,言語,衣服,食物,儀式,祭りなど,文化的に「ネパール」的ではない。マデシは「ネパール」ではない。

3.ネパールは「国民」ではない
いわゆる「ネパール」社会は,多民族,多国民だから,「ネパール」は一つの「国民」ではない。

ネパールを「国民」にしようとしたのが,マヘンドラ国王。無からの「国民」創造。その意味では,マヘンドラ国王は偉大だ。

4.ネパール語はネワール語だ
ネパールはネワール民族の国(カトマンズ谷)であり,ネパール語はネワール語だった。

シャハ王家が,そのネワールから国名と言語名を奪い,カス(Khas)支配の国を「ネパール」,カス語を「ネパール語」としたのだ。

――ますます細かく,ねじれにねじれている。一度解きほぐし,合理的に再編成するか,さもなければ複雑を複雑のまま継承し,改善していくか。

前者は合理主義(人民主権)の道。既存の制度を全部破壊し,ゼロから新築する。キレイだが,キレイすぎると南米某都市のように人が住めなくなる。

後者は,保守主義の道。不合理でみっともないが,改善を心がけさえすれば,犠牲は少ない。私は保守だから,後者を推薦する。

* ENJOD, "Know these interesting differences: Nuances of commonly used words in the context of Madheshi," madhesh.com,6 January 2007

 

2007/01/09

タライにはまる(1)

谷川昌幸(C)

タライにこんな面白い議論があるとは,不覚にも知らなかった。主張への賛否は別にして,議論は本物だ。まずは,初歩から。

1.マデシはMadheshiだ
マデシとは,マデシ国の住民のこと。

 Madesh = madhya(mid) + desh(country) = 中央国
       = matsya(fish) + desh(country) = 魚国

つまり,マデシとは,この中央国,魚国の先住民のことだ。

これに対し, 
 Madhise/Mahise, Madhesi/Madesi = 山地民によりネパール語化されたスラング

細かい。が,それがよい。抑圧され搾取されてきた人々が権利を取り戻すには,まず,身近な問題にこだわり,そこから正義を回復すべきだ。神(正義)は細部に宿る。

* ENJOD, "Know these interesting differences: Nuances of commonly used words in the context of Madheshi," madhesh.com,6 January 2007

(つづく)

2007/01/07

タライ解放戦線: 独立かインドへの統合か

谷川昌幸(C)

プラチャンダ議長が警察署再開に同意し,カトマンズ本流(mainstream)入りを鮮明にした。本流に入れば,周縁部は排除され,弾圧される。

1.タライ解放戦線
このマオイスト体制内化に激しく抵抗し始めたのが,タライ(マデシ)の民主タライ解放戦線(JTMM)だ。武器を取り,山地(パハデ)と戦い,タライ独立ないしはインド連邦加入を目指している。

平原(マデシ)派vs山地(パハデ)派。フランス革命のような,そうでないような。マオイストがネパール版山岳派なら,プラチャンダはネパールのロベスピエールといったところか。面白いが,ちょっと無理か。

それはともあれ,マオイストが体制内化すれば,タライから新人民戦争が始まりそうな気配だ。そして,もし始まれば,インドという大応援団がいて,これは一大事。ややこしいことになる。

2.ネパール州の可能性
タライ独立は,マデシにとってたいしたメリットはないが,カトマンズのパハデ国家から離脱し,インドの準州になるか,あるいは全土を巻き込んでネパール州として加盟することになれば,これは文句なしに彼らの利益になる。

反逆罪ものだが,どうせ国王がつくった国家だから,無くて困るものでもない。ビブティ・ネパールによると,インド連邦加盟には次の10の理由がある。
 (1)インドルピーの方が高いので儲かる。
 (2)市場統合による経済発展が可能。
 (3)インド統合によりインドとなるからインドに侵略されない。これはすごい論理! 真面目にいうと,すでにネパール人はインド憲法上指定民族であり,ネパール語も公用語になっている。統合に無理はない。
 (4)インドは,ヒンズー教徒にとって本家,非ヒンズー教徒にとっては世俗国家。
 (5)インドの州は大幅な自治権を享受する。ネパール州も外交以外の権利はほぼ現状通り行使できる。
 (6)インド政府がネパールの開発や災害対策に責任を持ってくれる。
 (7)信用不足で着手できない大型開発が可能になる。大規模電源開発と電力輸出による発展。
 (8)グルカ兵はインドが祖国となり,傭兵ではなく,祖国防衛の誇りが持てる。
 (9)ネパールは現在も事実上インド軍が防衛している。
 (10)小国ネパールは資源的に独立は無理。インド連邦の援助を得た方がよい。

以上が,インド連邦への加盟を正当化する理由だそうだ。冗談のようなものもあるが,全体としてはなかなか面白い。EUをみても,むしろこうした議論の方が時代を先取りしているし,近代国家の呪縛をとれば,地域住民にとっては実利ははるかに大きい。

憲法制定は,こうした国家解体ないしは消滅の可能性も含めて議論すべき事柄だ。そんな議論もできないようなら,世俗共和国などはじめから考えない方がよいだろう。

* Sheetal Kumar,"Draw the line, It’s not just pahadis that need to change their mindset," Madhesi - United We Stand, Jan.7, 2007.
* Bibhuti Nepal,“TEN REASONS WHY NEPAL SHOULD JOIN INDIA!,”  Madhesi - United We Stand, Jan.7, 2007 ( Originally appeard in The Nepal Digest - Thu, 30 Jul 1998 )

2007/01/06

ネパール人とは? タライの憲法論

谷川昌幸(C)

前回,タライ独立運動について述べたが,憲法制定は「誰がネパール人か?」を決めることだといってもよい。これは理論よりも情念,つまりナショナリズムの問題だから難しく,下手をすると泥沼の民族紛争になりかねない。

日本でも「日本人とは?」と強く意識するのは,沖縄や北方先住民,あるいは在日非日本民族だ。つまり地理的,民族的,文化的に日本社会の周辺部にいる人々である。ネパールでも,「ネパール人とは?」と問わざるを得ないのは,周辺部に位置するタライ諸民族,山岳諸民族だ。彼らはいわゆる「ネパール人」ではない。

では,何が彼らを「ネパール人」としているのか?
  (1)権力(暴力)
  (2)世俗的目標,合理的価値
  (3)情念
実際には,これら三要素の組み合わせで「ネパール人」はつくられてきたが,単純化すれば,従来の王政は主に(1)と(3)を利用した。国王軍の暴力と,ビシュヌ神化身としての国王への信仰により,共同幻想「ネパール人」が造られ維持されてきた。

ところが,2006年4月革命で共和制と世俗化が新国家の根本原理とされた。つまり(2)だ。この場合,民族的文化的同一性の高いネパール語母語民族(人口の約60%)は世俗共和国への統合に比較的無理はないが,それ以外の諸民族はそうではない。

たとえば,「参政権」にせよ「営業の自由」にせよ,世俗的目標や合理的価値は,本質的に普遍的なものであり,そうだとすれば,タライ諸民族がカトマンズ国家ではなく,それらをよりよく共有できるかもしれないインド国家に合流することになんの問題もなく,むしろ賢明な選択になる。これを阻止する世俗的合理的根拠は,カトマンズ国家にはない。

「国民」を「国家」に統合しているのは,世俗的目標や合理的価値観では断じてない。それは神話だ。つまり歴史,文化,慣習の情念的共有幻想である。その神話なくして「国民国家」はありえない。

この問題については,タライが面白い。カトマンズよりもはるかに問題の核心をつく議論が展開されている。そもそもタライがカトマンズ国家内にいる積極的理由は,ほとんどない。そこの憲法論議が面白いのは当然といえよう。

* Bijay Raut, "What does it mean to be a Nepali? The elements and characteristics of national unity", Madhesi - United We Stand, December 31st, 2006 (Originally appeard in The Nepal Digest - August 1, 1998 (6 Shrawan 2055 BS))

2007/01/05

民主政の難しさ

谷川昌幸(C)

民主政は君主政よりも難しい。人民にとって,君主は他人だが,首相や議会は彼ら自身(人民代表)だからだ。自分で自分を統治する。これは難しい。イギリスや日本ですら,まだ女王や天皇に依存している有様だ。

その難しい民主政を,ネパールは今年からいよいよ本格的に始めることになる。大丈夫か?

1.タライ独立運動
最大の難問は何と言ってもナショナリズム。タライでは,マオイスト分派のタライ人民解放戦線がタライ独立を唱え始めた。

JTMM(Goit)は,タライ・バンダ(1/12-14)を宣言。要求は――
  ・非タライ統治者の退去
  ・タライへの移住禁止
  ・制憲議会選挙阻止
  ・タライ憲法の制定
  ・タライ人民による軍,警察,行政
JTMM自体は小勢力だが,タライにとっては,カトマンズよりも隣国の方が地理的,経済的,文化的にはるかに近く,その気になればカトマンズ政府と十分対抗できる。

タライ独立は,民族自決,つまり民主主義だ。これを政党政府が,どのような論理で阻止(弾圧)するか? 君主であれば,自分の領土保全のための権力行使であり矛盾はない。ところが,人民政府だと,人民が人民を弾圧することになる。

2.市民社会活動家弾圧
お膝元のシンハ・ダーバー,ブルワタルでは,新年早々,人民政府が平和的デモ参加の市民社会活動家63人を逮捕した。これも同じ理屈。説明がつかない。

ましてや政党政府は「完全民主主義」を唱えている。イギリスや日本のような不完全民主主義なら,女王が悪い,いや天皇制のせいだ,といいわけが出来るが,ネパールは「完全」と言っている。平和的デモを棍棒で殴りつけ,逮捕する民主主義的根拠は何か。

3.人民軍が人民の子供を徴兵
そして,民主主義と人権の旗手,マオイストは,相変わらず生徒を大量拉致し,宿営地に送り込んでいる。たとえば,スルケットの中学生(17歳)は,月給5000ルピーで教室から徴兵された。結構な高給だ。

スルケットでは,400人の生徒がダスラトプル宿営地に収容され,猛訓練を受けているという。

「武器・兵員管理監視協定」でマオイスト政府は,人民解放軍「戦闘員」を「2006年5月25日以前入隊」「1988年5月25日までに誕生」の2要件を満たす者とすることに同意した。それが「マオイスト政府の意志」だ。ところが,その意志に自ら背いている。

自分の意志に従えない。だから,赤の他人の国連の命令に従う。どこが人民主権,人民自治なのか。

4.人民による人民弾圧
このままでは2007年は人民による人民弾圧元年となりそうないやな予感がする。一般に,理想主義は現実主義よりも極端な悪政を結果しがちだ。「完全民主主義」ネパールが,逆ユートピアとならないことを願っている。

* Nepalnews.com, Jan.4; Nepali Times, #329, Dec.29-Jan.7; NHRN, Jan.2 & 3.

2007/01/03

郷里とネパール: 失って得るものは?

谷川昌幸(C)

年末年始(12/31-1/2),日本三秘境の一つ丹後に帰郷した。年頭に当たって,今年も村の変化をネパールと重ね合わせながら報告しよう。

1.クマと高速道路
いまの村の話題の一つは,イノシシ,シカ,サル,クマの出没。イノシシ,シカ,サルは以前からよく現れ,農作物を荒らしていたが,最近はとうとうクマまで出始め,栗や柿の木に登り,実を食べるようになったそうだ。田畑の耕作放棄が進んだためだろう。

一方,そのわが過疎村にも高速道路が延伸され,村に出入り口が出来ることになった。京都・大阪からの所要時間は,1960年頃は丸1日,現在が3時間半くらい,それが高速道路延伸で20分ほど短縮される。スゴイ。

2.自給自足の村
1960年頃までの村は,80〜90%自給自足であった。戸数100戸余り(ほとんど農家),小学校1,医院1,農協(兼町役場・郵便局・日用品店)1,商店3,魚屋1,大工(工務店)2,寺1,神社3,祠(田の神,山の神など)多数,産婆1,祈祷師1,理容美容1,等々。わずか100戸余りの小さな村なのに,村内でほぼ自給できていた。

それは,村人たちが村の生産力の範囲内で工夫し協力し生活していたからだ。私自身,裏山でマキをつくり,自宅の燃料とし,また小学校のストーブのために供出した。私の家も,裏山の木を製材し,村の大工と村人たちが協力した建ててくれたものだ。

村では,誕生から死までの生活がほぼ完結していた。私も弟2人も私の家で産婆さんに取り上げられ,祖母は村の医者に看取られてなくなり,村の寺の僧が読経し,近所の人々の手で近くの墓地に土葬された。

贅沢さえ言わなければ,生まれてから死ぬまで,この小さな村の中でほぼ不自由なく暮らしてゆけた。これはいま思うと奇跡的なことだ。

3.資本主義化で依存状態に
ところが,1960年頃から始まった村への資本主義の侵入で,村はあれやあれよという間に自活のための生活基盤を奪われてしまった。

若者は大都市に奪われ,小学校も医者も農協も商店も町に奪われた。村の祈祷師も,村のことを隅々まで知っており医者では治せないような病をよく治すことができたにもかかわらず,近代化により排除されてしまった。

いまや村は自立性を完全に失い,人々は村内だけでは絶対に生きていけない。かつて村人たちは協力し合いながら,生活のことは誕生から死まで,ほぼ何でもやれた。村人は全人格的人間として生きていた。ところが,いまでは,低賃金目当ての町の工場やスーパーで働き,賃金を得るだけの単職能労働者になってしまった。村は収入を村外の工場に,燃料を中東に,食料と日用品(多くが輸入品)を町のスーパーに完全に依存している。村人は,村で生まれ,村で死にはしない。町の病院で生まれ,死ぬ。そして遺体を焼くのも葬儀も村外の近代的火葬場であり,株式会社の葬儀場だ。

4.失われた文化
わが村は,本格的な資本主義化が始まる1960年代以前は,時間を有り余るほどもっていた。自給自足ではさぞ忙しかろうと思われるかもしれないが,全く逆。時間は資本主義が奪うもの。資本主義化以前の社会では,わが村に限らず,どこでも時間は有り余っているのだ。

村では,大人にも子どもにも時間があり暇があったから,様々な文化が生活の中で楽しまれていた。子どもたちの様々な遊び,大人たちの囲碁将棋,俳句,芸能,祭り,花見,釣り,海水浴,スキーなど。

しかし,資本主義化により,時間が奪われ,したがって暇を必要とするこれらの文化はあらかた廃れてしまった。

5.何を得たのか
資本主義化で,わが村は何を得たのか? そして,高速道路延伸で京都・大阪から20分早くなることで,わが村は何を得ることになるのか?

都市に脱出した人間の無責任な懐古趣味には違いないが,それでも私たちは,近代化,資本主義化で何を得たのかと問わざるを得ない。

山間の小さな村。夏は蒸し暑く冬は豪雪の寒村。そこで,100戸余りが,つい最近までほぼ自給自足できていた。いや,たんに食べるだけでなく,有り余る時間を使い,生活の中で遊び,文化,芸能を存分に楽しんでいた。

ところが,いまや,その同じ村が,過疎化で半分近くになった村人の生活すら支えることが出来なくなった。若者には仕事がなく,夫婦は子供を産みたくても経済的,社会的,医療的支えがなくて産めず,老人は村に商店がなくなりバス便も激減したため食料・日用品を買い求めることにすら不自由している。村人たちは,日々の生活費を稼ぐだけで疲れ果て,かつてのように遊ぶ暇も気力もない。俳句をひねり,神楽の練習をする余裕はもはやない。

いったい,何のための近代化,資本主義化だったのか? 村人たちは,いったい何を得たというのか?

わが寒村で,100戸余りが貧しいとはいえ,十分に食え,生活を楽しむことが出来ていた。だとしたら,その生活を基礎に,それを豊かにしていく別の道があったのではないか?

6.ネパールのもう一つの道
先進国の人間が,ネパールに来て,伝統的生活の大切さを語る――それは無責任だとさんざん言われてきた。その通りだと思う。自分たちは,近代的な「快適な」生活をしながら,ネパールに来て,そうでない生活が大切だというのは,たしかに無責任であり偽善だ。

しかし,それが分かってはいても,やはり,資本主義化の道は決して幸福への道ではない,といわざるを得ない。先進国は,どこかで道を間違えてしまったのだ。 わが村で,この40〜50年で起きたことが,ネパールでいま起こりつつある。ネパールの人々は,時間を失い,文化を失い,そして結局みな不安な外部世界への依存者になってしまうだろう。

物理的・物質的にある程度便利にはなるだろうが,それに見合うだけのものは,資本主義化の方法では,おそらく得られないだろう。一部の特権的な人々を除いては。