<紹介>

パレスチナ
  広河隆一(著)岩波新書,2002年

長年の現地取材を基に書かれた好著。

著者は,1967年5月,23歳の時,研修団の一員としてイスラエルのキブツに行った。当時200以上あったキブツの一つ(400人位)に入り,自由で豊かな共同体生活を体験した。そこは,「必要に応じて働き,必要に応じて取る」が実践されている共産制の理想郷のようであった。

やがて,1967年6月5日,第3次中東戦争(6日戦争)が始まり,20キロ先が戦場になったのをきっかけに,これを正義の戦争というイスラエルのあり方に疑問がわき始めた。そこで,少し注意してみると,理想郷のようなキブツの近辺にも不可解なものがいくつもあり,尋ねても誰も答えてはくれなかった。

疑問を解くためイスラエルに残った著者は,ある日,イスラエル成立以前に委任統治していたイギリスが作成した古い地図の上にイスラエル当局が新地名を記入した地図を見せられた。その地図にはもともと無数のパレスチナ村が記載されていたが,イスラエル当局がその村々の下に「破壊」と書き,新しいユダヤ人入植地の名を記入していた。そのなかには多くのキブツもあり,著者のいたキブツもその一つであった。つまり,理想郷キブツは,無人の荒野に建設されたのではなく,アラブ村を破壊して建設されていったのだ。・・・・

こうして著者は,ユダヤ人が「約束の地」パレスチナ(カナン)から追われ,ディアスポラとなり,世界各地で差別迫害され,そして,ナチスのホロコーストの犠牲になった歴史をたどり,そしてその悲劇の民ユダヤ人が今なぜナチスにされたのと同じような残虐行為をパレスチナ人に対して行うようになったのかを解き明かしていく。

叙述は現地取材が基になっており,具体的で説得力がある。パレスチナ問題に関心を持つ人々に勧めたい1冊である。

(谷川昌幸/2004.12.01)